「恐れないで、ただ信じる」 
 広報室長 日吉成人(紋別神召キリスト教会、北見神愛キリスト教会)

「汝ら我を選びしにあらず、・・・」と、昭和一桁生まれの恩師の口から出る文語訳聖書の御言葉に畏れおののき、また幼少時より口語訳聖書に親しんできたからでしょうか。15年ほど前から新改訳聖書を読み始めて、「イエス様が優しくなったなあ」と感じることがしばしばありました。「である調」と「です・ます調」の違いも大きいでしょう。とりわけ、ヤイロに語られた主イエスの言葉を新改訳で読んだとき、驚きました。

イエスは、その話のことばをそばで聞いて、会堂管理者に言われた。
「恐れないで、ただ信じていなさい。」マルコの福音書5:36

 慣れ親しんできた口語訳では、「イエスはその話している言葉を聞き流して」と訳されています。「聞き流して」という訳も大切で、「横に聞き置く」とも理解できるでしょう。聞き流すべき言葉があり、本当に心にとめるべきは主の言葉だと受けとめることができます。

 同時に新改訳を通して、主イエスは悪い知らせをすぐそばで共に聞いてくださっていたという事実に、大きな慰めを覚えました。このときヤイロは、娘が亡くなったという知らせを受けました。目の前で長血の女性に「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」という言葉を聞いたのと同じ時に、同じ場所で、同じ耳で、「あなたの娘は亡くなりました」と聞いたのです。長血を患って12年間苦しんできた女性の痛みも辛かったでしょう。「しかし私の娘は、まだ12年しか生きていない。どうして・・・」と、ヤイロは思ったことでしょう。

しかしその絶望の言葉を、ヤイロは一人で聞いたのではありません。救い主ご自身がその現実のただ中に立ち、悲しみの知らせを聞いておられたのです。またその悪い知らせは横において聞き流してもいい、本当に聞くべきは「恐れないで、ただ信じ続けなさい」という主の言葉なのです。今も主は、聖霊によって、信じて祈り続ける力を私たちに与えてくださいます。

 一昨年の十月、私が駐車場に車を置きに行っている間に、医師による妻の病の告知を、妻にひとりで聞かせてしまい、申し訳ないことをしてしまいました。しかしヤイロの出来事も思い起こしながら、「いや、ひとりではない。イエス様が一緒に聞いていてくださった」と受けとめました。医師の言葉は医師の言葉として横に聞き置きつつも、「恐れないで、ただ信じていなさい」という主の御声を心の王座に置くことにしました。多くのとりなしの祈りの中で、今に至るまで支えられていることを感謝します。

私たちを取り巻く社会には、2030年問題や2050年問題などなど、多くの分析に基づく、希望を見出しにくい知らせがあふれています。それもまた、一つの現実でしょう。しかし問題は問題で終わらず、困難は困難で終わらないのが、主の教会の歴史です。キリストの体である主の教会、また主の教区、主の教団は、「すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ちみちているものに、ほかならない」と宣言される主の御声を聞き続け、恐れないで、ただ信じていきたいのです。



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