川尻キリスト教会、シャロンキリスト教会 (上田努 師、上田恵美子師)
8月13日(木)
この日は、朝の電話から始まりました。
6:30に私の電話が鳴りました。それは、昨晩に川尻(かわしり)教会に泊めた愛知県稲沢市のワンバプテストチャーチの佐藤ルイス先生からでした。
ルイス先生は、「今から出て、被災地を回って宇城ボランティアセンターに行きたい」と言われたので、送り出しました。
出かける前に教会前で写真を撮っており、私も入るように誘われましたが、髭も剃っていないので、晩に帰って来た時にしてほしいと言って断りました。彼らは良く寝られたようで、元気よく出ていきました。
私はその後、10時に川尻教会を出て八代(やつしろ)に向かうために準備をしました。
前日に山のように届いた支援物資を車に載せて、八代に向かいました。
八代に行く理由は、広島のキリスト教支援団体の先生方と八代で落ち合い、建物被害を受けた信徒宅を回るためです。先生方との約束は午後1時だったため、それより早く八代について、支援物資を配るために出かけました。
この時、妻から頼みごとをされました。それは、八代にいた頃に妻と私が参加していた絵本の読み聞かせ団体の方々の中で、特に被害の大きかった方々の所に、支援物資を持っていってほしいということでした。
もともとこの日は、私がバディの神学生を連れて熊本城へ行き、妻が八代に支援物資を運ぶ予定でした。
けれど、広島のキリスト教支援団体の建物修復支援の話が出たため、急遽その予定を変更して、私が八代へ行き、妻と子どもたちがバディを熊本城へ連れて行くことになりました。
それで私が妻の代わりに、支援物資を持っていくことになったのです。
支援物資を持って行った一人目のお宅は震源地の一つ氷川町にありました。
その方のお家もかなりのダメージを受けていましたが、その周囲には倒れた家屋が多くありました。その方と久しぶりの再会を喜び、支援物資を渡してそこを後にしました。
途中、JR九州の在来線の線路沿いの道を通っていきましたら、途中で停まって乗り捨てられている電車と、その先に折れた電車の電柱がありました。
そうして4件の読み聞かせ団体の方たちのお家と、2件の教会メンバーのお家を回って、支援物資を渡し、教会へ到着しました。
この日は、九州キリスト災害支援センターの方々が八代で片付けのボランティアに入っておられて、その休憩所として八代のシャロンキリスト教会を使っていただく予定でした。
でも、連絡がうまくつながらず、今日は使っていただくことは出来ませんでした。
地震後、時々、八代でLINEがうまくつながらない時があります。タイムラグがあり、すぐに相手に届いていないときがあるのです。気を付けないといけないと思いました。
そして広島のキリスト教支援団体の北野献慈先生が広島の建築会社の社長と共に、シャロンキリスト教会に来られました。
先生方は早速、八代市内の3件のシャロン教会の信徒宅を回ってくださいました。
1件目はブロック塀が道路に向かって倒れているお家で、その撤去の手配をしてくださいました。
2件目は増築部分が建物本体から離れて隙間が出来て外が見えているお宅でした。
3件目は窓が閉まらなくなっているお宅で、道路沿いのブロック塀も傾いていました。
シャロン教会のメンバーのお宅としてはそれで終わりですが、九州キリスト災害支援センターの方から、「八代と宇城市でもう2件見てもらいたいところがある」と言われたため、「私は関係ないからサヨナラ」と言う訳にも行かず、場所を調べて先導しました。
それらの現地調査の後、先生方は最後に川尻キリスト教会と牧師館を見てくださいました。
川尻キリスト教会は10年前の熊本地震による地盤沈下で、建物が若干傾いています。
どのくらいかというと、礼拝堂の奥と入口の部分の床の高低差が6.3cmあるのです。
これだけあれば、立てば変な感覚になり、丸い物は転がって行ってしまいます。
それだけではなく、床が下がっているということは、構造部材に余計な力が加わり続けているために、良くないのです。
それらのことから、2026年熊本地震以前から、川尻教会の新会堂建築についての検討はしてきました。
北野先生と一緒に来られた建築会社の社長は、「会堂は今すぐ倒れると言う訳ではない。ただ、もし地震で倒れてしまった場合、今回のように教会が避難場所となり、支援場所となるという働きが出来なくなることを考えると、このままで良いとは言えない」と言われました。
続いて牧師館を見てもらいました。この牧師館が曳航増築(建物を元あった場所から移動させること)しており、60年以上の年月が経っていること、二階部分を増築していることを告げると、「こちらの牧師館の方が教会より危ない。今回の地震では保ったが、震度7の地震が来るともたないかもしれない。」そう言われました。
私の見立てと同じことを、建築会社の社長から言われて、今後の方針について考えさせられました。
そして、北野先生と建築会社の社長は、宿泊先のホテルへ帰って行かれました。明日は川尻教会の信徒宅と、熊本市の希望ヶ丘キリスト教会の信徒宅を回る予定にしています。
その後、佐藤ルイス先生とそのチームが帰ってきました。
彼らはそのまま休憩せずに愛知県へ帰ると言います。朝は断った写真を、この時は撮影しました。よく考えたら、髭面だからと断りましたが、ルイス先生たちは皆ブラジル人で、たくましい髭を生やしており、私の髭面は大して目立たなかったなと思いました。
そして、ルイス先生たちは帰る前に明日、私が持っていく飲料水を車に運んでくれました。1ケース12kgの水を、一気に2つ運ぶ彼らを見て、私は驚きましたが、彼らは「今日運んだ瓦より軽い」と笑いながら運んでいました。
今日の彼らのボランティアはとても喜ばれたそうで、助けた家の男性から日本の国旗をもらい、「次に熊本に来たらぜひ来てくれ」と連絡先を交換したそうです。喜んでその時の写真を見せてくれました。そこの男性は「次は我が家にブラジルの国旗を飾っておく」と言われたそうです。
私は、強面(こわもて)に見えるブラジル人たちは、宇城市の人たちに受け入れられるのだろうかと心配していましたが、そんな心配は杞憂で、彼らのボランティアはとても喜ばれ、現地の人々はみな優しかった、と言っていました。
最後に彼らのために祈り、別れました。
彼らとの交わりの時間は短かったですが、心に元気をもらった気がしました。
新たな友情と絆が生まれた、そんな時間でした。
家に帰ると、明日、埼玉に帰るバディ家永と子どもたちが遊んでいました。熊本城も楽しかったようです。
明日は私はまた川尻教会の信徒宅の現地調査に行くため、バディとは家でお別れしなくてはなりません。そう思うと、今から寂しいです。
しかし、私は今日、気づいてしまったのです。実は真のバディはすぐ側にいたことを。
今日、私は八代に行くまでに何件かの家を回りました。そして八代からも信徒宅を回る時に、常にグーグルマップを使っていました。
グーグルマップは、経由地を入力すると、どのようにして回って行けばいいかをしっかり教えてくれます。
よく考えたら、地震からずっと、私のそばにいたのはグーグルマップであり、どんな時もグーグルマップが私の道案内をしてくれていました。
「あれ?私の真のバディは、グーグルマップじゃね?」そう思いました。
そこは、「真のバディはイエス様だろ!」と全国の方から総ツッコミをいただきそうですね。
そうです。真のバディはイエス様です。今日、一人で八代に行くとき、車の中でふいに涙が出てきました。なぜだか分かりません。
賛美を聞いていると涙が出てきました。でも、イエス様に慰められている気がしました。
真のバディであるイエス様に祈り、明日も活動していきたいと、そう思っっています。
(災害対策室)



