月刊アッセンブリーNews 2020年11月号

<巻頭メッセージ>
喜べば……喜びに来る』 
 竹田和則 Kazunori Takeda
 小松キリスト伝道所(石川県)

<INDEX>

  • この難局を乗り越えよう!
    ―新型コロナウイルスのために共に祈り、共に闘う⑧―

    今が新しい皮袋を用意するとき
    -三宅規之(中央聖書神学校・めぐみ福音キリスト教会)
  • CBC特集
    中央聖書神学校 2021年度に始まる新制度
    ~71年目の新しい一歩から
    -三宅規之(中央聖書神学校校長)
  • アートから読み解く信仰 NO.14 
    ルオー【キリストの顔《受難》】

    -町田俊之(バイブル&アートミニストリーズ代表/単立・富士見聖書教会)
  • お知らせ:お二人の召天
    貴公子、山城晴夫先輩
     -北野耕一(前中央聖書神学校校長・巡回教師)
    佐藤ジョアンナ先生を御国に送って
     -高口喜美男(川尻キリスト教会)
  • お願い⑤ 本部施設建築についてのお願い
    -教団本部施設建築委員長 細井眞
  • JAG創立75周年にむけて教区の取り組み
    沖縄教区『喜びをかたちに!』

『喜べば…喜びに来る』
 竹田和則 Kazunori Takeda
 小松キリスト伝道所(石川県)

 今年の初めからコロナ禍(か)という「拘束(こうそく)」の渦(うず)に私たちは巻き込まれています。この拘束に多くの人はストレスを感じておられるでしょう。
 人は拘束されると人間としての機能が少しずつ荒(すさ)んでいきます。「いつ、どこで、何を、どのように、どうするか…」という行動に移す機能が減退し、更(さら)には遮断(しゃだん)という最終状況(じょうきょう)に至るからです。ですから、その一部でも遮断されることは私たちにとって人生そのものの価値観が損(そこ)なわれることも有り得るからです。
 そのような私たちに主は、「わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害(はくがい)し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天ではあなたがたの報いは大きいから。あなたがたより前にいた預言者たちを、人々はそのように迫害したのです。」(マタイ5・11、12)と…、あなた方はどんな状況下でも主の証(あかし)人として「喜ぶ」ように強く望んでおられるのです。
 私たちは主によって光り輝く器となりました。その私たちがこの世に惑(まど)わされながら歩調を合わせて歩むことが最善か?と今まさに問うておられるのではないでしょうか。
 童謡(どうよう)に「歌を忘れたカナリア」という歌があります。これは西条八十(やそ)が幼い日、教会のクリスマスに行った夜のことを思い出しながら作った曲です。その当時の彼は創作活動に行き詰(づ)まりを感じ、その心境を歌詞にしたと言われています。これは西条八十自身のことではありますが、私たちも同じように「主を忘れたクリスチャン」となってはならないということです。それは信仰のない肩書だけのクリスチャンです。
 私たちは「喜ぶ」ことの出来る証し人とされたのですから、どんなときでも喜んでしっかりと前に進もうではないでしょうか。
 「喜べば、喜びが喜びを連れ、喜びながら喜びに来る」と、そこには大きな喜びという祝福の輪が出来るのです。
 私たちが今あるのは何か? それは喜んで主を褒(ほ)めたたえることです。どんなときでも……。あとは主にゆだねれば良いのです。そうすると豊かな祝福が更に大きくなって必ず戻(もど)って来るからです。

 

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