月刊アッセンブリーNews 2021年9月号

<巻頭メッセージ>
『人の思いと違っていた神の方法』
 奥田冬樹 Fuyuki Okuda
 アッセンブリー松江福音伝道所(島根県)

<INDEX>

  • 特集 主に仕える(6)
    『主は導きをもって』
    洪 ジュヨン 神戸グレースハーモニー伝道所(兵庫県)

  • 特集 文学と聖書(その2)
    音楽と響き合う言葉
     菊山和夫 鎌倉大船キリスト教会(神奈川県)

  • 敬老の日特集 -老いを生きるー
    走るべき行程を走り終えて……
     平松百合子 和泉神愛キリスト教会(大阪府)

  • イエス様と共に子育て 6(最終回)
     藤井敬朗 新中野キリスト教会(東京都)

  • 深まり、広がるペンテコステの恵み
    ❾苦しみからの解放

  • お願い⑥ 本部施設建築に期待しています
    教団本部施設建築委員長  細井 眞

  • 教団の動き 28   総務局長 本田勝宏

  • 中央聖書神学校(CBC)掲示板

     


『人の思いと違っていた神の方法』 
 奥田冬樹  Fuyuki Okuda

 アッセンブリー松江福音伝道所(島根県)

 ナアマンは、怒っています。(列王下5)

 なぜ彼は、怒ったのでしょうか?

 エリシャが「ヨルダン川に行って七度身を洗いなさい。」と告げたからです。
 ナアマンは、てっきりエリシャが出て来て、主の名を呼んで、患部(かんぶ)の上で手を動かして、いやしてくれるものとばかり思っていました。ところが、エリシャは顔も見せずに、ヨルダン川に行って体を七度洗えと、告げるだけだったのです。
 「イスラエルのどの流れの水よりもダマスコの川アバナやパルパルの方が良いではないか。」と、彼は怒ります。

 結果はどうだったでしょうか?

 家来たちの助言もあって、エリシャの言葉通りにしたところ、完全に治りました。彼の願いは、見事にかないましたが、「彼の予想していた方法で」ではなく、「彼が怒りを覚えた方法で」なのです。それこそが、神の方法だったのです。
 使徒時代の宣教拡大方法も同様です。エルサレムから始まって、ユダヤとサマリアの全土さらに地の果てに向かって、福音が伝わっていくのですが、その過程が、人の思いをはるかに超えています。

 ステファノ殉教(じゅんきょう)後、教会に大迫害(だいはくがい)が起き、信徒が散らされていくことによって、ユダヤとサマリアへの宣教が進みます。何と、教会への迫害によって宣教を拡大させることが、神の方法だったのです。

 続いて、教会を熱心に迫害していた、ファリサイ派のサウロ(後のパウロ)が、救われます。神の計画された異邦人宣教の方法は、キリストに敵対していたファリサイ派の中でも特に熱心だった、このパウロを用いて行う方法だったのです。

 決定的なのは、キリストの十字架です。弟子たちは、復活したキリストに出会うまでは、絶望のどん底に陥(おちい)っています。しかし、「もうだめだ」という絶望的な十字架こそが、神の準備された全人類の救いの方法だったのです。

 「なぜだ? もうだめだ!」という状況でも、悲観する必要はありません。神の方法は、人の方法を超越しているのです。

最後まで、主を信頼して進むことです。
「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は御自分を愛する者たちに準備された。」Ⅰコリント2章9節(新共同訳)

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