《福音》恵みのおとずれ 1995年 1月号

 小説『モモ』で有名なドイツの作家ミヒャエル・エンデが朝日新聞に中米奥地の発掘調査に出かけた研究チームの報告を載せたことがありました。

 調査団は、必要な機器等、荷物一式を携行するためにインディアンのグループをやといました。調査作業の全行程には完璧な日程表ができており、4日目までは日程どおりに事が進みました。

 ところが5日目になって、彼らは全員で輪になり、地べたに座りこんで、もうテコでも荷物をかつごうとしないのです。調査団の人たちは賃金アップを提案しましたがだめです。叱っても、ついには武器まで持ち出して脅したりしたのですが、彼らは無言で動きません。とうとうあきらめていると、
 突然、2日目のことでした。インディアンたちは同時に全員立ちあがって前進しだしたのです。賃金アップの要求も、新たな命令もなかったのに。

 ずっと後になって、白人グループの数人と彼らの間に幾分の信頼関係が生じてから、インディアンのひとりが答えをあかしました。
 「はじめの歩みが速すぎたのでね」という答えでした。
 「わたしらの魂があとから追いつくのを待っておらねばなりませんでした」

 「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」という交通安全の標語を見たことがあります。
 行き先もはっきりしないまま、ただ忙しい毎日で、あっという間に一年が過ぎ去り、新年を迎えてしまったという方々もあるでしょう。あまり急ぎますと、魂が置き去りにされてしまいます。時間も盗まれてしまいます。
 この一年、あなたの歩幅でゆっくりと、あなたの魂(心)に憩いと栄養を与えながら歩んでみませんか。
 イエス・キリストは忙しくて心をとりみだしていた女性に対して「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。」と言われました。イエスが言われる「なくてならぬもの」は何でしょうか。それは、心静かにイエスが語られるみことば(聖書のことば)に耳を傾けることです。

 イエスは

 と言われました。
 新たな年、あなたの心をすばらしい、いのちのことばで潤してみませんか。

文・菊地 和博