川尻キリスト教会、シャロンキリスト教会 (上田努 師、上田恵美子師)

8月14日(金)

この日は、まずバディとのお別れの儀式を行いました。
バディの神学生は、この日、夏季派遣を終えて、東京へ戻ることになっていたのです。
私は朝から、広島のキリスト教支援団体(以下、広キ災)の先生方と、川尻(かわしり)教会の被災者宅4件を回るために宇城市に行かなければならなくなったため、バディを熊本空港まで送迎出来なくなりました。
そこで、牧師館にてバディとお別れの儀式を行いました。
バディは口にこそしなかったけれど、握った両手から、「I'll be back(私は戻ってくる)」という意思を感じたような感じなかったようなどう言ってよいか分からないアレでした。
ここで、我らは一旦バディを解消することになりました。
私は広キ災の先生方と共に宇城市へ向かい、バディは妻と子どもたちと共に空港に向かいました。
私の息子は昨日から「神学生が帰ってしまう」とずっと泣いていて、空港でも泣いて、帰ってからもずっと泣いていたそうです。バディ、男冥利に尽きるな。

私は支援物資を積み込んで、広キ災の先生方と共に宇城市へ向かいました。
4件の川尻教会の信徒宅を回り、それぞれに応急処置が必要な内容、今後の修繕計画などを、広キ災の建設会社の社長がアドバイスしてくれました。
まだ、大工チームを送ることは決定していないようですが、送ってくださり、応急処置のために支援してくださったらありがたいなと思いました。
その後、広キ災の方の関係する宇城市の児童養護施設に立ち寄り、物資を届けました。
たくさんあった方が良いということで、持っていた水などの物資をほとんど置いていきました。
そして、広キ災の先生方の昼食を取り、そこで別れました。先生方はこれから熊本市の希望ヶ丘キリスト教会に行って、そちらの信徒宅を調査して帰られるのです。

私はそのまま南下して、八代(やつしろ)のシャロン教会に向かいました。この日は夜から、中高生勉強会があるためです。
通常、お盆休みの時期は皆さんが忙しいので、教会の行事は入れないのですが、地震後の勉強会が中止になったため、その時に仕上げるはずだった彼らの宿題、作文や自由研究を手伝うことが出来なくなっていたため、この日に急遽設定したところ、3人の子どもたちが参加したいということで、開催することになりました。地震のため、お盆休みだから親戚の所に行くとか帰るとかの予定はなくなっていたようです。

私は勉強会までは日曜日の礼拝準備をしました。
その際に、仲良くしているお隣の方とお話する機会がありました。お隣の方もやはり地下水の水圧が弱く、一度にいくつかの水栓を使うと出なくなるようで、大変だと言っておられました。
また、真向かいの方から、教会の水が出るなら汲ませてほしいと頼まれたので、「どうぞ、いつでも使ってください。でも教会の活動のある時は、水圧が下がってしまうので、誰もいない時にお願いします」とお話ししました。

晩7時から9時まで、中高生勉強会を行いました。小学6年生の女の子とは、自由研究のまとめを行いました。地震前に一緒に、太陽光でペットボトルの水をあたためる実験をしており、その研究結果をまとめるレポートを書かせました。ほとんど私が言ったことを書かせる口述筆記でしたが。
中学1年生の女の子は、同じ太陽光の実験を、タブレットを使ってまとめていました。
中学3年生の男の子は、税の作文を書くということで、熊本地震の経験から、税金によって支援や復旧を受けられているといったことを書かせ、出題者が「この子、分かってるじゃん」と思わせる文章構成になるように指導しました。

9時に勉強会を終えて子どもたちを、お迎えに来た保護者に引き渡すと、戸締りをして教会を出ました。
そのまま熊本市の川尻に戻る前に、八代の知り合い宅を訪問しました。この方は前日に回れなかった絵本の読み聞かせ団体の方で、昔からの知り合いです。
夜遅い訪問でしたが、その方は断水で地下水が出なくなっているために、断水が長期化する家庭でしたので、飲料水が喜ばれました。
そして、その方と少し話したのですが、驚いたのは、その方はペットボトルの水を日中、日の当たる場所に置いて、お湯を作っておられました。20本くらい毎日置いて、そのお湯で体を洗うと言われていました。
さっきまでの自由研究の内容と同じじゃないか、とその研究を実生活に役立てておられる姿に関心しました。
小学6年生の女の子と実験をした結果、500mlのペットボトルだと、1時間で水が40度のお湯になり、2時間で46度、3時間で48度まであたたまるのてます。恐るべし太陽光。神様の作られた自然に感謝。夏限定ですが、素晴らしいライフハックです。
その実験結果を知っていながら、今日まで思いつきもしなかったことを反省しました。
実践するかどうかは分かりませんが、八代の信徒にシェアしようと思いました。

そして、そこからこの日は国道3号線を通って川尻まで帰りました。途中、道路の舗装工事をしている箇所がいくつもありました。
こんな遅い時間に作業してくださって感謝しました。
でも、妻からSNSで、「復旧作業にご主人が駆り出されているため、妻が1人で被災した家の片付けをしなければならず、途方に暮れている」という発信を教えてくれていたので、複雑な気持ちにもなりました。

(災害対策室)