〈福音誌〉恵みのおとずれ 2001年2月号

ある人が事故で肩を痛めてしまいました。痛いので、そっとかばって使わないようにしていました。すると、その肩は弱くなって、とうとう自分の思うように動かなくなったということです。

 それと別に、逆境がその人を偉大にする場合があります。子どもたちも良く知っている黄熱病の研究で名高い野口英世も、子どもの頃に手をやけどするという不幸な出来事にあいました。しかし、それを克服して、立派な働きをしました。

 また、クレム・レビンというアメリカ野球界で名投手として知られた人がいました。彼が無名の頃、練習中に投手の生命といもいうべき右手の人差し指を突き指し、手術したのです。運の悪いことに、骨が曲がったままつながってしまったのでした。

 もう投手としての生命は終わったと自他共に認めないわけにはいきません。しかし、何とかもう一度と、投げる練習を始めました。血のにじむような練習をしていましたが、ある日のこと、普通の投手では投げられそうにもない面白い変わり種のカーブが出たのです。曲がった指から出る変に曲がった変化球です。致命的欠陥を逆に生かした球が生まれたのです。

 ここで、聖書の言葉に目を向けてみましよう。
「神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできようか。順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。」
 伝道者の書7章13~14節

 ここで聖書は、三つのことを教えています。
 第一は、私たちの人生は曲がっているということです。
 いろいろなことが起こるのです。

 第二は、神は私たちの人生が曲がることを許されているということです。
 それでも、逆境だったり順境だったりする中にも、神は関わりを持っておられます。

 第三に、そのような中で私たちにできることは、「順境の日」には喜ぶことです。
 「逆境の日」には失望することなく反省しなさいというのです。

 ある人が「神は喜びの中でささやかれ、苦しみ悲しみの中で叫ばれる」と言いました。
 神は逆境の時に、「私のもとに帰りなさい」と叫んでおられるのです。
 最後に「七転八起」の聖書の言葉を紹介しましょう。

 「…私は倒れても起き上がり、やみの中にすわっていても、主が私の光であるからだ。」 ミカ書7章B節