月刊アッセンブリー| 2011年7月号

さあ、向こう岸へ

内川 高志 (関西教区長 三木アガペー教会)

  さて、その日のこと、夕方になって、イエスは弟子たちに、「さあ、向こう岸へ渡ろう」と言われた。 (マルコ4:35)

この御言葉に従って夕闇迫るガリラヤ湖に舟を漕(こ)ぎ出した弟子たちを待っていたのは、予想だにしなかった大嵐と大波でした。間近に迫る死の恐怖を味わい、彼らの脳裏には「なんで主の仰せのとおりにしたのに、こんなことが起きるのか?」という思いがよぎったことでしょう。主に従って歩みつつも人生の困難や悩みに遭(あ)う時、物事が自分の願い通りに進んで行かない時、彼らと同様にまるで主が自分を見捨て、何もしておられないかのように感じてしまうことが私たちにもあるのではないでしょうか。確かに私たちの人生とは、不安定で不確定な未来を行く小舟の旅のようなものです。

しかし、決して忘れてはなりません。同舟しておられるのは神の子、キリストです。「さあ、向こう岸へ渡ろう」とあなたの人生を常にリードし、片時も離れず共にいて、その力ある御腕を伸ばして最後まで責任をとってくださる主なのです。

今、私たちの教会は会堂建築に取り組んでいます。御言葉を握って大きなチャレンジへ踏み出す中、建築期間中の教会と付属幼稚園の仮建物をまず準備する必要がありました。ところが四方八方手を尽くして探し、市議会議員、公的機関、民間の業者にも頼み込んだものの、どうしても見つかりません。迫る期限に心に不安の雲が立ち込め、「なぜ?」という思いが湧(わ)きあがる中、もう一度教会が心一つに主の御名を呼んで祈りました。その一週間後、二年前に閉園した保育所の貸物件が見つかり、横たわっていた問題が鮮やかに解決されていったのです。「どうしてそんなにこわがるのです」と仰(おっしゃ)る、主の優しい御声を聴いた思いがしました。

たとえ突然の嵐が襲ってきても、思い描いていたのと異なる未来が待っていたとしても、いつまでも朝が来ないと思える夜であっても、死の床に伏すその時でさえも、真の救い主は変わりなく信じるあなたと共におられます。この恵みの上に立ち、「さあ、向こう岸へ渡ろう」と導く主の御名を心込めて呼んでみましょう。嵐は止(や)み、主の平安があなたに訪れます。