月刊アッセンブリーNews 2013年7月号

聖書を聞く恵み

佐藤 羊一 (九州教区長/春日教会)

ここ数年、街を移動しているときに気づくのはヘッドフォンで音楽を聴いたり、携帯やスマートフォンを使ったりしている人たちが多いことです。たくさんの情報があふれていて、どこにいてもインターネットを通して最新のニュースを入手することができる、本当に便利な時代です。キリスト者である私たちの中にも、同じように日常的にクラッシックから現代の教会音楽まで、移動の際に聴いている方たちも多いと思います。私自身も教会や出先で、教会音楽を聴きながら賛美することもあります。

でも、聖書のみことばそのものにどれほど親しんでいるでしょうか。聖書は読むものですが、聞くものでもあります。誰かが読んでくれる聖書をじっくりと聴くことも、大きな恵みです。

亡くなった祖母は父を産んだ後の肥立ちが悪くて目が見えなくなりました。戦前から戦後にかけての約20年間目が見えない状態でした。戦後のある時、知り合いの家庭集会に導かれ、聖書とみことばの説教を聞くことによって信仰に導かれました。誰かが聖書を祖母のために読んでくれて、それを聞いていたようです。そして、イエス様を信じました。信じるだけでなく、後に主のいやしを通して目が見えるようにもなりました。

「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ10章17節)とありますが、初代教会を始め、その後の時代の多くの人々は聖書のみことばを「聞いて」覚え、聖霊の助けを受けて信仰へと導かれました。この聖書を聞くという原則は、今日の私たちにも大切です。今は聖書のみことばを録音したCDや無料で聞くことのできる聖書がたくさんあります。日本語以外にも多数の言語で聞くことができます。

先日は「使徒の働き」全章が朗読されたポッドキャスト録音を運転中に聞きました。運転しながら文字は読めませんが、聞くことはできます。何度も同じ内容を聞いていますが、聞くたびに新たな感動や神の語りかけを受けることができて感謝です。聞きながら考え、そして祈る。とても恵まれる時間です。

また、他の人のために聖書を読むことも祝福となります。読み聞かせのようにして、聖書を子供たちに読んであげたり、家庭集会で聖書を交読したり、病気の方を見舞う時に聖書を読んで差し上げる。文字を読むことは難しくても、聞くことによって人々の心の中にキリストのみことばが浸透していくのです。そして、それが後の数世代への祝福となると聖書は約束していることを覚えましょう。

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