月刊アッセンブリーNews 2018年9月号

期待する

中里恵美(関東北東教区・元加治キリスト教会)

牧師会で他県に行った帰り道、広い空き地に草が生えている所が多かったので、この辺りは使われていない土地が多いのだなぁと思いました。そんな場所がやけに多いので、もしかして……と、よくよく見たら、麦畑でした。田んぼとミカン畑に囲まれて育ち、今は茶畑に囲まれている私には、広い空き地に生えた草にしか見えませんでしたが、麦だと分ると、枯れた草が黄金に輝く畑に見えて来ました。

イエス様の例え話に、真夜中でもしつこく「あくまで頼み続けた」人が出て来ます。この例えに続けて、「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見つかります。叩(たた)きなさい。そうすれば開かれます。」とイエス様は祈りの心構えを教えておられます。

「あくまで頼み続ける」とは、例え話のように恥(はじ)も外聞もなく求め続けることです。何度もしつこく祈れば神様が聞いて下さる、という話ではありません。神様は私達が恥も外聞も捨てて祈ることを待っておられるのです。「お手上げです、助けが必要です、力を下さい、私にはあなたが必要なのです!」と祈ることなど、イエス様の十字架に比べたら恥でもなんでもありません。

祈っても、祈っても何も起こらなかったなら、これから何かが起こると信じましょう。神様の約束は真実です。

処(ところ)で、期待が無ければ、収穫(しゅうかく)を待つばかりの黄金に輝く麦畑も、ただの空き地の枯れ草に見えてしまいます。あなたは神様がどのようなお方かをご存知ですよね。それなら、あなたが祈り求める神様の最高最善の答えに期待しませんか。

イエス様は天の御座(みざ)に着座されると、イエス様に代わる、もうひとりの助け主なる神・聖霊様を遣わして下さいました。このお方はイエス様と同じ力を持ち、人格を持っておられます。聖霊の力に満たされるなら、イエス様のなさっていた徴(しるし)と不思議な業があなたを通して起こる、と信じていますか。あなたが神様の愛と臨在を運ぶ管として用いられる、と信じていますか。

また、教会の祈りには力があることをご存知でしょうか。一人ではくじけそうでも、兄弟姉妹と共に祈って、主の御業(みわざ)が現されることを期待して参りましょう。