《福音》恵みのおとずれ 1998年7月号

しょうこりもなくまたネコの話…と言わないで、まぁ読んでみてください。

 先月号で触れたみーちゃんの妹(姉?)猫の名前は、「ダビ子」と言いました。ヘンな名前でしょう。最初はオス猫だと思って聖書中の人物の名前で「ダビデ」と付けていたのですが、途中でメスだと分かってダビ子に改名したのです。みーちゃんにも最初はちゃんとした名前があったんですよ。

 このダビ子は、短命だったということもあるのでしょう、とても頭の良い、私の気持を察することのできるネコでした。彼女は私の妹でもあり、子どもでもあり、そして時には最高の親友でもありました。恐ら<、こんなネコにはもう巡(めぐ)り会えないでしょう。いつのまにか、私は彼女に依存していたのですね。ですから彼女の突然の死は、私に非常なダメージを与えました。ま、そのおかげでみーちゃんを「ねこっかわいがり」して、みーちゃんの猫格(?)も随分変わったのですが…。

 でも、みーちゃんはどこまでいってもやっぱり普通のネコなんです。甘えん坊で、寂しがり屋で、ちょっと(かなり?)わがままで、うるさくて…でもかわいいヤツなんです。そのみーちゃんの世話をすることで、結構自分の気分転換になってもいるんです。

 聖書を学ぶと、「依存」と「助け」は違うという事を教えられます。ダビ子には完全に依存していたな。みーちゃんとは、まあ助け合っているといえるかな一。なんて、今は思ったりもしています。

 私たちを取り巻<、様々な人間関係のトラブル…それはもしかしたら、「助け合う」べき存在を、「依存」する存在として、はき違えているところに原因があるのかも知れませんね。

 

「主(神)に身を避ける(依存する)ことは、
人に信頼する(依存する)よりもよい。」   聖書

(文・細川 るり[旧姓:山本])