vol.24- column『うちのみーちゃん(その2)』

《福音》恵みのおとずれ 1998年6月号

六年前、みーちゃんがうちの住人になった時、実は一匹ではなく、妹(姉?)猫と一緒に貰(もら)われてきました。二匹はとても仲が良<、一緒に走り回りじゃれ合って、疲れては寄り添って眠る…といった具合でした。

 けれど、猫は大人になると孤独を愛するようになるそうで、一才を過ぎると、あまり一緒にいたがりません。同じ日に生まれた姉妹猫とは言え、性格や行動パターンは、全<異なりました。みーちゃんは人見知りで警戒心が強く、あまり家にいつかない猫でしたが、妹猫の方は、非常に人なつっこく、よく私の側にいたがりました。体も大きくならず、いつまでも子猫のようですから、ついつい彼女の方を構ってしまいます。でもいつまでも大きくならなかったのには、理由がありました。生まれつき心臓に欠陥があったのです。

 突然の発作でした。気が付いた時にはもう手遅れで、苦しんで苦しんで半日後、動物病院で息を引き取りました。バレンタイン・ハ一卜と言うそうです。貰われてきて一年半のことでした。

 私は彼女をとても可愛がっていたので、失った悲しみは大きく、またもう少し早く気付いていれば…という思いも手伝って、その愛情の全てがみーちゃんに注がれるようになりました。そして一週間、私はある変化に気付きました。ほとんど家にいつかなかったみーちゃんがよくいるようになり、目付き顔付き、鳴き声まで変わってきたのです。

 あれから四年半がたちました。今では「お散歩に行く?」って声をかけると、喜んでくっついてもきます。愛されると変わるというのは、人間も猫も同じなんですね。

 私たち人間の愛は時として偏(かたよ)ってしまうこともある、自己中心的な愛です。
でも神様の愛は完全で、愛わることがありません。

「愛は、神から出ているのです。」   聖書

(文・細川 るり[旧姓:山本])