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ジュルゲンセン先生一家
この回想記には、何度かアグネス先生の来訪が記されています。

教団ニュース・アッセンブリー 1978年9月1日発行 通巻275号
《福音版・朝ドラ!?信仰生涯の物語》

『八王子教会に迎えたお客様たち』

 今ここに書きますのは八回目に続くものでしたが、筆者の思い違いで後から書きます事をお許し下さい。


 さてウェングラー先生は、ある日「今度新しく来日された宣教師が八王子にお客様で来られる」と言われました。当日が来てウェングラー先生らしく用意怠りなく備えておられたのに、その日はおいでになりませんでした。


 先生と私はがっかりして、御馳走(ごちそう)にも手をつける気になれない程でした。翌日先生は、横浜に行かなければならぬ用事がありまして出かけました。出がけに「もし留守に電報が来ましたら駅に出迎えてください」との事でした。日本に始めておいでになった宣教師を、先生の留守にお迎えする事になったらどうしましょう。何故なら私は言葉がわからない。どうしましょう?


 ところが十一時が過ぎた頃、来たのです。「迎えたのむ」の電報です。


 さて言葉はわからないが、二人の外国婦人は当時は見つけるのには困ることは全くない。駅に行きホームでお迎えするつもりで階段を昇りますと、ブリッジの隅の所で二人の外国婦人が、いかにも心配顔で神経質にオロオロしていました。このお二人が今日のお客様だと気づいて近ずき、手まねよろしく「ユー・ミスウェングラーハウスゴー」と言ってお二人の手を引いて歩き出しますと、お二人はペラペラと話しかけます。私は手を振って「ノーイングリッシュ」手をふって手まねよろしく「ミス・ウェングラー、ハウスユー・ミー・ゴーゴー(両手で家の形、ユー相手を指し、ミー自分を指し、コーゴー歩いて行くふり。お二人は少しわかったらしく私について来ました。家に着き、家の様子を見て安心したようです。



 このお二人は、後で神戸市東灘で神愛キリスト教会と子供ホームの責任を持っておられたF・バイヤス先生と、ジョン・ジュルゲンセン先生と結婚をなきったネッティ先生でした。私はそれから天手古舞(てんてこまい)でお二人のために昼食の仕度をして一時過ぎての食事でした。夕方ウエングラー先生が横浜からお帰りになり、それからお二人のお客様は、まず八王子駅で途方に暮れた事から、私の不思議な言葉と手まね応待でも少しわかった事、昼食のお料理のお上手でお美味しかった事など、大笑いのお話でした。


 でもこのお二人は忘れていた事が一つあったのです。それは、朝早く食べた食事と二時近くの昼食で、どの位に自分のお腹が空っぽであったか、という事です。


 そのために昼食が素晴しい味に感じたのです(すき腹にまずいものなし)。得をしたのは私の料理の腕前(実はゼロ)。バイヤス先生はお逢いする度ごとに、あの時のお話を持出しては懐(なつか)しんでおられました。バイヤス先生は最後に日本を引上げられる前に八王子まで来て下さいました。長いながいお交りでした。ウェングラー先生の病院での最後の日、このバイヤス先生とネッティ先生は駆けつけて下さいました。



 ウェングラー先生はもとより私もどんなにうれしかった事か、今バイヤス先生はアメリカで御静養のことと思います。以上の事柄はウェングラー先生を神戸にお送りした後、一人さびしさと過ぎた日を懐かしんでの出来事を書いたのです。



 さてウェングラー先生が神戸に行かれると同時ぐらいに田中篤二兄は滝ノ川の神召教会内に新設された聖書塾(後に聖霊神学院)に主イエスの召しを感じて神学生として迎えられたのでした。八王子教会は出鼻をくぢかれた感がありましたが、神様は信者一人一人の心に働いて下さいまして霊の励ましに預り、ウェングラー先生の分まで、田中兄の分まで、と今までより一層と伝道に立ちあがりました。こんな時アグネス・ジュルゲンセン先生が八王子教会に応援のため日曜日の礼拝を御奉仕して下さいました。教会一同の感謝は一方(ひとかた)ではありません。


 アグネス先生はマリヤ先生のお妹さんで日本流に申しますと女らしいお方でした。日本語は田舎者の私より奇麗な歯切れのよい日本語でした。私が今日まで忘れずにいたアグネス先生から訓された言葉があります。


ある時アグネス先生が私に「私たち主に召された者は、いつでもどこでも、生きた聖書でなければならない。私たちは聖書が読めるし、そこから多くの恵みも 力も 励ましも 慰めも 智(さと)しも受けられます。しかし、世の中の人たちは聖書を知らないのです。したがって救がないのです。魂が死んでいるのです。私たちは世の人たちの中で生きた聖書でなければなりません。世の人々はクリスチャンを見て、その生活と行いと言葉を通じて主イエスを知るのです」と教えて下さいました。



 この教訓は今日もなお、私の生活に絶えず語りかけていて下さいます。



坂本キミ師(1903年~1989年)

坂本 キミ先生

第2次大戦前から八王子を中心に、甲府および蒲田などで、熱心に伝道をなされた「生粋(きっすい)のペンテコステの偉大な伝道者」(弓山喜代馬師談)です。




ピリピ四章六節


「何事も思い煩ってはならない。ただ事ごとに感謝をもって祈りと願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るであろう」。