坂本キミ「私の生涯の回想記」(第14回)

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 甲府山の手一帯の氏神と言われたお宮の神主である彼は、キリスト教が自分の区域に会堂を建てられて布教されては、お宮のお札が売れなくなるから、キリスト教がこの土地に定着しないうちに追い出すつもりだった、といやがらせをした理由を告白したのです。


 翌朝の地方新聞の第一面にはデカデカと「老神主がキリスト教の若い女伝道師を迫害す」。こんな見出しでキリスト教会の集会中に暴れこんだことが、くわしく報道されたのです。富士山の近い町に住む私の叔父はこの新聞の報道を読んで、驚いて甲府にまで私を尋ねてきてくれました。神様は実にすばらしいお方です。特伝もできない開拓教会のために山梨県下に知れ渡るような方法を使って甲府教会誕生、成長のために助けを下さいました。



「神を愛する者、すなわちみ旨によりて召されたる者のためには、すべてのこと相働きて益となるを我らは知る」。(文語訳 ロマ八・二八)




教団ニュース・アッセンブリー 1978年12月1日発行 通巻278号
《福音版・朝ドラ!?信仰生涯の物語》

『冬子さんの
  医(いや)し』

 この騒ぎのあった後というものは、人々の心にキリスト教会が何となく気になり出したようでした。神主の乱暴を見ていたおばあさん三人はその後引続いて集会に出席していました。ところがそのうちの一人の未亡人の娘が「お母さんはあの人たちにだまされているのだ」 といったりして、事ごとに教会に対して反対するのです。しかしこの母親は時間の許される限り教会に来て祈っていました。



 この頃教会に早天祈祷が始まり朝五時半になると三人のおばあさんは集ります。こうして甲府教会に早天祈祈祷部もできたのです。そのうちの一人の未亡人の娘〔この人が田中義信先生(吉祥寺)のお母さん]は若いのに両手の指に気持の悪い程、イボイボが。しかも指先までびっしりできていて人前に手をだすことをはばかっていたのです。



 ある日、裏の井戸端で隣の人が「あなたは若いのにそんな見苦しいイボができていてお気の毒だ。私が七月の盆祭りにマジナイで癒してあげる」といったのですが、この娘の心の中には急に自分のお母さんが食事の度ごとに話すイエス様の物語が思い出されました。それで急いで台所にゆき、伏して「もしお母さんの信ずる神様が真実の神様なら、冬子を救って下さい。このイボを癒してください」と祈り願ったのです。すると泣けて泣けて本人が言っていることは「神様ごめんなさい!ごめんなさい」の言葉だけでした。こうした悔い改めの祈りのあと、心は洗われたようにさっぱりして翌朝を迎えました。




神さまは生きています!
 いつも通り朝の食事の祈りが終って、さて食事という時に、急にお母さんが「冬子さんどうしたのです。その指は!その指」と言って驚いているのです。



 当人の冬子さんは自分ながらあらためて驚き、早速泣きながら両手を前に差し延べたままにして教会にきました(家が教会の近くでした)。「先生ごめんなさい、私は悪い娘です。何も知らないのにお母さんが教会にくることを反対していたのです。それだのに神様は私のお願いを聞いて下さって、こんなにきれいな手にして下さいました。今までこのイボのためにあちこちのお医者に何軒も行きました。マジナイもしました。薬も沢山買いました。けれどもダメでした。けれども今はイエス様が、こんなにきれいに癒して下さいました。イエス様は生きていてお祈りに答える神様です」と言って、主の前に再び悔い改めて、キリストこそ救主ですと受け入れ、全く変えさせられたのです。



 こうして冬子さんに与えられた主の癒しのみわざによって、教会は今迄よりも一層と活気が加えられ、ことに三人のおばあちゃん達は訪問伝道を始めました。この三人の昔を知る人々はその明るく、伸びのびとして、喜んで語る姿に驚くのです。全くみ霊の働きです。




 この頃神主は教会の活気づいているのが気になり集会の度毎に、窓から、集ってくる人に注意して、翌日は必ず白衣裳に身を包み、白布で包んだ箱をもって教会に行った人の家に行って、「夕べあなたはキリスト教会に行っていた。あなたは氏神様の氏子なのだから、あんな所にゆくと汚れる。今日は潔(きよ)めのお札をもってきたから、その身にお祓(はら)いをします」と言って、お札を出したのです。神主にこられた人たちは不思議と強められて、「私は今、真の活ける神様が分って信じましたから活版刷りの神様はいりません」とはっきり断るのでした。



その後は腰をすえておちつき、私はキリスト信者だという自信をもって、態度も生活も変ってきました。山に囲まれた町、甲府。昔の武将、武田信玄の誡(いまし)めを重んずるこの町の人たちの心の中には、伝統と言い伝えと習慣とが強い力をもって、心の自由を奪っていたのです。



 それだけにひとたびキリストの救いの自由にあずかった者がいかに強いかが、これらの姉妹たちによって明白に実証せられました。




 「人もしキリストに在(あ)らば新に造られたる者なり。古きはすでに過去(すぎさ)り、視(み)よ新しくなりたり」 (文語訳 コリント後書五章十七節)




坂本キミ師(1903年~1989年)

坂本 キミ先生

 

第2次大戦前から八王子を中心に、甲府および蒲田などで、熱心に伝道をなされた「生粋(きっすい)のペンテコステの偉大な伝道者」(弓山喜代馬師談)です。