《福音》恵みのおとずれ 2000年 3月号

 「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、ヘりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

マタイの福音書11章28~30節

 この言葉は、約二千年前にイエス・キリストが語られた言葉ですが、現代に生きる私たちにも語りかけられている言葉です。あなたにとって重荷となっている問題は何ですか?

 私たちの人生の中で、問題が全くないと言える時は皆無かもしれません。みんなそれぞれに何らかの問題を抱えて生きています。そういう私たちに向かってイエス・キリストは、『わたしのところに来なさい』と語りかけておられます。

 イエス・キリストのところに行くということは、イエス・キリストにお会いするということです。そして、この方がどういうお方であるかを知ることです。

 イエス・キリストは、神の子でありながら、人としてお生まれになり、私たちの罪をゆるすために私たちが受けるべき罪の罰を身代わりとなって十字架で受けて死なれました。そして、3日目に死人の中からよみがえり、天に昇り、今も生きておられ、私たちを救ってくださる神なのです。

 あなたが、この方のところに行って、この方に出会い、この方を知り、この方が自分の罪をゆるすために身代わりとなって十字架で死んでくださったことを信じるならば、あなたの罪はゆるされ、イエス・キリストと共に生きるすばらしい人生が始まリます。

 私たちは、何かの問題を抱えている時、その問題がいつまでも解決されないのではないかと思い悩みます。将来を不安に思い、心が暗くなリ、その問題が非常に重荷となり、疲れ果ててしまうことがあります。しかし、このイエス・キリストのもとに来て、信じて共に生きていくことを選んだ人に対して、「心優しく、ヘりくだっている」イエス・キリストは、私たちのすべての問題を知り尽くし、また、悩み苦しんでいる私たちに同情し、私たちを助け解決の道へと導いてくださいます。そして、私たちにとって損と思っていた問題さえも益と変えられるのです。

 イエス・キリストを信じる者にはいつも希望があります。心が明るくなり、問題があったとしてもその荷は軽くなるのです。

 イエス・キリストは、今日も、問題を抱え疲れ果てているあなたに声をかけておられます。イエス・キリストのもとに来て、この方と共に生きる喜びを知ってください。そうすれば、あなたの心に安らぎがくるでしょう。

文・秋川 由香利