巻頭言|月刊アッセンブリー2007年3月号

「全信徒による伝道」

教団理事 川上 良明 (仙台神召基督教会)

 「御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。」 ( テモテ4:2)

「みことばを宣べ伝えなさい」とは、福音宣教が私たちクリスチャンひとりひとりに与えられた特権であることを教えています。また、全信徒による伝道は、牧師が入り込めない世界で福音を伝え、福音の種を蒔く、地道な働きでもあります。パウロは、福音宣教は「返さなければならない負債」(ローマ1:14)と考え、生涯「みことばを伝える」ことに献身し、情熱をささげました。私たちも罪と滅びの中から救い出された者として、大胆に福音を伝えましょう。

ある時、ギデオンメッセージで来られた一人のご婦人が、「私はこの聖書を子供たちに手渡す際、自分がこの聖書を知っていなければと思わされ、夫婦で毎日聖書を読み、聖書から教えられ、まず自分自身がみことばよって生かされて、この聖書を贈呈し、配布をすることを志しています。」と証しされました。福音を伝える人は、御言に生きる人でなければなりません。日々、御言によって生かされることが伝道の土台ではないでしょうか。また、御言に生きる人は、御言に従う人です。御言に従うとき、どんな試練や困難に出会っても倒れることはありません(マタイ7:24-27)。特に、未信者の世界で、御言に従うことには大きな戦いがあります。私たちの教会に60年間、熱心に偶像を信心していた婦人が、クリ9チャンであったお嫁さんの御言に従う生活を見て、86歳で信仰告白しました。嫁いだときから教会に行くことを妨害し、迫害したお母さんでしたが、お嫁さんの忍耐強い祈りとあかしが続けられたところ、読経をしていたお母さんの口から突然、主の祈りが出て来ました。驚いたお母さんは、今まで信心していたものが間違っていたことに気付き、ついに全能の神の前に屈服しました。私たちが御言を伝え、御言に生き、御言に従うとき、必ず励ましを受けることができます。ただ犠牲を負うだけでなく、御言に伴う喜びと慰めと驚くべき神のみ業を見ることがでます。

「時が良くても悪くても」 福音を大胆に宣べ伝えましょう。