巻頭言|月刊アッセンブリー2008年6月号

「モーセは80歳からヨシュアは60代から」

大引 巻代 (氷見キリスト教会)

聖書は約1600年の間にわたって、おおよそ40人によって書かれている。執筆の場所もまた職業も色々であるがテーマは、神がご計画された人間の救いであり、今も信じる者に生きて働く神を体験させる手引き書である。
聖書は「人を教え、正しくし、義に導くのに有益」であり、「信仰と希望と愛」を泉のように湧きあがらせ、心と身体を強くして「このためにこそ、わたしはこの時に至ったのです。」と主にお従いさせてくださるのである。
モーセは、40歳の時人生に挫折しミデアンの地に逃れた。40年間羊飼いをした。そしていつしか40年が過ぎ80歳、普通なら平均余命の終わりである。しかし、神は燃える柴の中から彼を呼び、「モーセ、モーセ。」と仰せられた。彼は「はい。ここにおります。」と答えた。主は仰せられた。「わたしは、わたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。今、行け。わたしはあなたを遣わそう。」こうしてモーセのセカンドライフが始まった。その道は荒野であった。しかし聖書は、モーセを神の友といっている。なんと光栄なことではないか。
今日本には、団塊の世代の人たちのセカンドライフが始まっている。これらの人びとは、行動力もあり何かしたいと考えている人たちだ。この世代の人たちを導く器を神は求めているに違いない。彼らを救い出すなら、ヨシュアのように用いられるのではないか。ヨシュアは20代からモーセの従者をして訓練を受け、40年の荒野の生活にも雄々しく従いモーセの後継者となった。その時は60代である。そして主は彼に仰せられた。「あなたは年を重ね、老人になったが、まだ占領すべき地が沢山残っている。」110歳まで主のご用をした。日本の取るべき地はなお多く残っているではないか。