巻頭言|月刊アッセンブリー2008年7月号

「御言を響き渡らせる日々の信仰生活」

高橋 正人 (成田キリスト教会)

 マケドニヤ宣教の幻を与えられたパウロは、ピリピを去り、途中のテサロニケで伝道をしました。しかし、このテサロニケにおける伝道も、これまでのように同胞のユダヤ人たちの迫害によって中断を余儀無くされたのです。その様な困難の中に残された教会を案じて、パウロは手紙を書きました。テサロニケ人への手紙は、新約聖書中のパウロ書簡の中で、最も古いものの一つと言われています。ですから、そこに教会の原点が示されていると考えられます。

パウロはテサロニケ教会の状態を示すのに、数字的な教勢やプログラム等については記していません。そこに書かれているのは、教会生活をする人びとの御言葉に根ざした信仰姿勢です。「主のことばが、あなたがたのところから出てマケドニヤとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっている」( テサロニケ1:8)。迫害や神の言葉に対する人々の無関心のただ中にあっても、キリストを信じ続ける聖徒たちを通して、神の御言葉は当時の社会に響き渡っていました。ここにこそ、教会のあるべき姿、福音宣教に携わる教会の勢いが現れています。

その後の聖書の記述で、テサロニケの人たちが、偶像からまことの神に立ち返り、生けるまことの主に仕えるようになったことなどがわかります。テサロニケのキリスト者たちの日々の信仰生活、信仰姿勢を通して、主の言葉が響き渡ったのです。パウロは、「神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっているので、私たちは何も言わなくてよいほどです」( テサロニケ1:8)とまで語っています。

私たちの日々の信仰生活は、一見すると世の人々に影響を及ぼすことなどない平凡な歩みのように思えるかもしれません。しかし、あなたのキリストと共に歩む信仰生活は、テサロニケの聖徒と同様に、神の言葉を周囲の人々に響き渡らせる宣教となるのです。日々の小さな私たちの信仰生活の積み重ねを通して、偉大な神の宣教の業に加わり、御言葉を響き渡らせ、神の栄光を見させていただこうではありませんか。

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