月刊アッセンブリー|巻頭メッセージ 2009年3月

「逆説の奥義を全うしましょう」

教団監事 柏崎久雄 (千葉福音キリスト教会)

 春の訪れより先に世界規模の不況が訪れてしまいました。加えて、天候異変、自然災害、健康不安、政治不安など、不安要因は多くあります。そのような中で、私達クリスチャンはいかに生きるべきでしょうか。信仰と信念が問われる時代です。

聖書は、「狭い門から入りなさい。」と言います。広い門は享楽の門であり、社会の栄達を求める者が入ろうとする門です。狭い門は、十字架を負ってイエス・キリストの後に従う者が入る門です。享楽と栄達は一部の人が得られたとしても束の間で、後は虚しさと不安、そして争いと敵意があるようです。ところが、広い門から入った人は、入る人が多過ぎて歩く速度が速いので、殆ど後戻りはできません。聖書は、それを「滅びに至る」と述べていますが、どこに行くのかもわからず、他の人と同じ道を歩んでいるのです。現代日本は、その結果でしょう。

イエス様は「わたしは門です。だれでもわたしを通って入るなら救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます」(ヨハネ10:9)と言われました。狭い門を入った人は、この世が不況であろうと、社会不安、生活不安があろうと安らかに生活し、神からいのちのパンを受けるのです。

信仰の世界は、逆説の奥義で満ちています。「受けるよりも与えるほうが幸い。」「愚かな者を神は選ばれる。」「弱い時にこそ、私は強いからです。」「神にも仕え、富にも仕えるということはできません。」究極は、神の子が十字架に架けられて死んでしまうということです。私も、報われないこと、迫害されること、理不尽なことは何度もありましたが、祈ると十字架に架けられたイエス様の執り成しが示されました。自分の人生がうまくいかないと不平を言うのは、イエス様に申し訳ないことです。

60周年の宣教大会が行われます。信仰の先輩達に恥じない信念をもって、堂々と狭い門から入ることを人々に勧めましょう。イエス様は、私達の羊飼いであり、私たちを決して見捨てることはないのです。主に従い、逆説の奥義を全うすることこそ、暗闇の時代の世の光としての生き方であります。