月刊アッセンブリー|巻頭メッセージ 2009年5月

「聖霊のバプテスマの再認識」

吉山 宏 (小岩栄光キリスト教会)

 今年も聖霊降臨を記念するペンテコステの月を迎えました。キリスト教会誕生のきっかけとなったペンテコステは、世界の教会にとって大切な記念日ですが、二十世紀初頭に再現されたペンテコステをきっかけに起こされた、私たちアッセンブリーの教会には特別な意味をもっている日でもあります。

  聖霊のバプテスマの目的と現状

ペンテコステの再現とは、聖霊のバプテスマのことですが、これは私たちが「力を受け・・・わたし〈イエス〉の証人となる」(使徒1:8)ためです。ペンテコステの聖霊降臨から始まった初代教会は、爆発的に成長しました。また、前世紀初頭の御霊の傾注によって誕生した私たちアッセンブリーの教会も初代教会のように全世界に急速に成長、発展し、今日に至っています。ところが、プロテスタント宣教、150年を迎え、全体として閉塞状態にある日本の教会において、私たちアッセンブリーの教会も同様な現状から抜けきれないでいるのはどうしたことでしょうか。

  聖霊のバプテスマについての反省

聖霊のバプテスマを受けたにも拘わらず、なぜそれに伴って聖霊の力と賜物が私たちの生活と奉仕の中に十分に現されないのでしょうか。確かに異言は、聖霊のバプテスマの「最初の肉体的なしるし」ですが、異言を語ることだけで止まっており、霊的深みに踏み出していないのではないかと反省させられています。

  聖霊による聖化の追求

聖書には、聖なる神は聖い器を用いて力を現してくださると明記されています。前世紀の初頭、米国ロサンゼルス・アズサ街でのペンテコステのリバイバルで用いられたシーモア師は、聖霊のバプテスマは聖化された歩みの上に注がれる力の賜物であるから、同じく聖霊の働きである聖化の必要を説いたと言われています。今日の私たちの教会の閉塞状態を打ち破る課題は、この辺りにあるのではないかと思われます。

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