月刊アッセンブリー|巻頭メッセージ 2009年10月

主の愛を押し流す管として

五島靖子 (松山神愛キリスト教会)

 「オレってバリバリの淋しがりやから・・・」普段、突っ張ってるその少年の呟(つぶや)きに、私は胸を衝(つ)かれた。「人の心には、神が作った空洞がある。その空洞は創造者の神以外では埋める事ができない。」とパスカルは言った。私達の心は、神の愛でしか本当には満たされない。今、この日本で、どれだけ多くの人が愛に飢え渇いているだろう。確かに、物には満たされているかも知れない。しかし、心の奥深くでどれ程の魂が、アイシテ!と叫んでいる事だろう。

主イエスは、最も大切な戒めを二つあげられた。 「一番たいせつなのはこれです。『・・・われらの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」(マルコ12:29―31)主イエスはその愛を徹底的に実践された。罪人の所に行き、孤独な魂に触れ、福音を伝え、病を癒やし、そして私達の罪を負って十字架にかかられた。

今、主は日本を見渡して、「羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思」っておられるに違いない。「収穫は多いが働き手が少ない」事を憂えておられるに違いない。主に愛され、主を愛している私達は、主のご命令に従いたい、と願う。

伝道とは、愛だ。人々の空洞を神の愛で満たして頂く事だ。人々に関心を示す事だ。毎朝の散歩で出会う人、店のレジ係、タクシーの運転手、一期(ご)一会(え)の出会いの中にも、主のご計画がある。神が愛されているこの人を救って下さい、と祈ろう。私を通してあの人に、主がどのように愛を現されますか、と主に聞こう。

福音を伝えたいと願う人の為に毎日祈ろう。その人が涙を流して信仰決心をしている姿を、はっきりイメージし、心熱くして祈ろう。

祈って、行動すれば、主は次の道を開かれる。いつも出会うあの人の目を見て、笑顔を交わそう。話しかけてみよう。その孤独な魂の叫びに耳を傾けよう。主から流れてくる愛によって、私達の出来る一歩を踏みだしてみよう。神の御業がそこから始まる。

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