月刊アッセンブリー| 2010年3月号

献げる信仰・受ける信仰

船津行雄 (教団理事/金沢基督教会)

  創世記4章4節に「アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最上のものを持って来た。主はアベルとそのささげ物とに目を留められた。」神様は、アダムの子アベルとそのささげ物に目を留められました。アベルは初子の中の最も良い物を主にささげました。

創世記14章20節「…アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えた。」

アブラハムはケドルラオメルたちとの戦いに勝った後、祭司であるメルキゼデクにすべての物の十分の一を与えました。

創世記28章22節では「・・・すべてあなたが私に賜る物の十分の一を必ずささげます。」とヤコブは言いました。

このように、旧約聖書の中に十分の一の献げ物について書かれています。

マラキ書においては、3章10節に「十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。
――万軍の主は仰せられる――わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。」とあります。

私たち教会の正会員は、自分の所属する教会に十分の一献金、その他の献金を喜んで献げていると思います。今年も、この恵みの業に励んでいきましょう。

又教団に所属する諸教会は、収入に沿って、負担金としての十分の一献金、そして中央聖書神学校献金があります。これも喜んで献げてまいりましょう。

ルカの福音書21章には、イエス様が献金している人々を見ていた記事があります。そこには金持ちもいましたが、貧しい一人の女性が最小単位の銅貨二つを献金箱に入れているのを見ました。そしてイエス様は言われました。「わたしは真実をあなたがたに告げます。この貧しいやもめは、どの人よりもたくさん投げ入れました。みなは、あり余る中から献金を投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、持っていた生活費の全部を投げ入れたからです。」

創世記26章12節に「イサクはその地に種を蒔まき、その年に百倍の収穫を見た。主が彼を祝福してくださったのである。こうして、この人は富み、ますます栄えて、非常に裕福になった。」

イサクは百倍の収穫を得た。多く献げ、多く受けたいと思います。