月刊アッセンブリー| 2010年8月号

暑中お見舞い申し上げます

秋川由香利 (尾崎基督教会)

 夏、なつ、ナツ。夏は暑い、暑いは夏。しつっこいくらいに言いたくなるのは、大阪で暮らす北海道育ちの私だからでしょうか。

夏のギラギラした太陽の陽射(ひざ)しは熱く、それは情熱を連想しますが、情熱の一歩手前のイライラした怒りの感情も思い出します。昔、カンカンに怒っている人の頭の上で、やかんのお湯が沸騰しているマンガを見たことがありますが、この度は、若者達が持っている情熱の一歩手前のイライラした怒りについて考えたいと思います。

夏は、児童や中高生を対象とした教会・教区行事が各地で催されています。彼らと接する中で、彼らの中にこの苛立(いらだ)った感情が秘められているのを感じることがしばしばあります。それに対して、大人と言われる私たちは、どのように彼らと向き合っていくべきかということを考えさせられます。一般論になるかもしれませんが、私の成長過程での体験と、教会学校の生徒達との関わりを通して思うことは、彼らのイライラした感情を言葉で表現して伝えてもらうことと、それを聞いた時にしっかりと受け留めて、こちらの考え方や気持ちを正直に伝えることではないかということです。そうすることで、彼らが深い内省に導かれ、混乱した心の状態を見つめて苛立ちの根本原因を探り、的確に対処していくことを学んでいってほしいと思うのです。この内省を主にあって取り組むことが祈りであり、主との親密な交わりの中で自分の心の状態を知り、御言葉によって主を愛する情熱に導かれて行くならば、彼らはキリストに似た者に成長していくでしょう。もし、苛立ちをそのままにしておくならば、彼らの苛立ちはやがて責任転嫁の実を結び、憎しみという情熱に駆られて、主との交わりが困難になるでしょう。

「父たる者よ、子供をいらだたせてはいけない。心がいじけるかも知れないから。」(コロサイ人への手紙3:21)

彼らよりも少し信仰の先輩である私たちは、彼らの内に秘められている苛立ちを見過ごさず、それが主への情熱へと導かれるように、主からの知恵を頂いて適切に対応し、見守って行く者でありたいと願います。

若者達!! 暑中お見舞い申し上げます。