月刊アッセンブリー| 2010年11月号

キリストの大使として

本田勝宏 (中央聖書教会)

 私たちクリスチャンは、召された者です。この意識、自覚はとても大切です。エペソ4:1にはその召しにふさわしく歩むようにと勧められています。今回は召しにふさわしく歩む歩みについて、その一端に触れたいと思います。

召された私たちは、新しく造られた者であり、変えられた者です。何が変わるかというと、生活が変わります。では、私たちの生活のどこが変わったのでしょうか。それは、遣わされた者の生活になるということです。

私たちクリスチャンは、自分が神から遣わされた者として家庭で生きます。学校で、そして職場で生きます。

遣わされるということは、使命があるということです。コリント人への手紙第二、5:20では、私たちはキリストの大使である、と言われています。主イエス・キリストが伝えられた福音を私たちが伝える、という使命です。神が生きておられる、ということを伝えるという使命です。

この世の人たちは、どこで主イエス・キリストと出会うかというと、キリストの大使として遣わされた私たち一人一人において出会います。これは、クリスチャンではない人に対することだけではありません。クリスチャン同士でも同じです。

人は私の生活に、そしてあなたの生活に映し出され、現される主イエス・キリストの御姿と出会い、クリスチャンでない人は救いに導かれます。また、クリスチャン同士では、慰められ、励まされます。

とは言え、自分を省みる時、自分はそのように生きているだろうかと訝(いぶか)しく思えてきます。ふさわしく歩む者となっていないのではないだろうか、と不安になります。

でも大丈夫です。私たちを遣わして下さる神は、私たちを一人で遣わすお方ではありません。聖霊によって御自分も私たちと一緒に行って下さるお方です。「全世界に出て行って福音を伝えよ」と言って下さった復活の主は、「見よ、私は世の終わりまであなたと共にいる」と言って下さる主です。共におられる主を信じて、キリストの大使として生かされていることを覚えましょう。