月刊アッセンブリー| 2011年10月号

収穫の主に祈る

髙橋正人 (関東北東教区長・神召キリスト教会)

「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収 穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださる ように祈りなさい。」(マタイ9:37-38)

主イエスは、ひとりの魂が主のもとにに立ちかえって救われるなら、天において大きな喜びがあると語られました(ルカ15:7, 10)。私たちも、そのようなひとりとして主の尊い救いの恵みに与(あずか) りました。なんと幸いなことでしょうか。しかし、主は更に多くの収穫があると約束され、その収穫の大きな喜びに働き人として加わるよう私たちを招いてくださっています。

人が救われるのは、人間の業によるのではありません。「収穫の主」こそが、人を救い、神の働き人たちに魂の収穫の喜びを与えてくださるのです。私たちは、あらゆる手段や方法を用いて御言葉を宣べ伝えます。しかし、もしその中心に収穫の主がおられないなら、いつかは限界に行き着くでしょう。しばしば、私たちは現状に失望し、「収穫は少なく、働き人はもっと少ない・・・」とつぶやくのではないでしょうか。

感謝すべきことに、主は魂の大収穫のために、具体的な一つの方策を教えてくださいました。それは「収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい」ということです。この言葉が語られた後に、主の弟子たちは御言葉を宣べ伝えるために出て行きました。彼らは自分たちの力や計画で出て行ったのではなく、主イエスの祈りに押し出され、遣わされて行ったのです。

主イエスは、私たちが行って実を結び、その実がいつまでも残るために、私たちを選び、任命してくださいました(ヨハネ15:16)。主は、私たちを通して私たちの家族や友人たち、周囲の人々、これから出会う人々を救いたいと願っておられます。まず、収穫の主に願い、働き人を送り出していただく祈りから始めましょう。主イエス御自身が、父なる神に働き人を送ってくださるように祈られたことを思い出しましょう。祈りには、忍耐が伴います。しかし、私たちが収穫の主に祈る時、主は私たちを聖霊によって押し出し、遣わされた所で、必ず豊かな収穫を得させてくださいます。