月刊アッセンブリーNews 2012年4月号

復活の主との出会い

佐藤羊一 (九州教区長・春日教会)

  有能な映画監督は書かれた文字を読み込んで想像力を膨らませ、映像を作り上げていきます。そして、作品を通して人々に感動を与えます。

聖書を読むときに、ただ読むだけでは書かれている事実をつかむことができません。祈り、聖霊の助けを頂きながら、想像力を豊かにして読んでみることも時に必要です。

主イエスがよみがえられた日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて戸を閉めていました。そこにイエスが来られました(ヨハネ20章19節以降)。手とわき腹に傷跡があるのを見た弟子たちの驚きは、私たちの想像を超えるものだったでしょう。弟子たちは主を見て、おそらく腰を抜かすばかりに喜びました(20節)。しかし、そこにはトマスがいませんでした。

彼は主の復活を信じることができず、他の弟子たちの証言を拒否しました。数年間を共にしてきた仲間のことばを否定し、「自分の目で見なければ信じない。」と宣言しました。頑固だったのか、あるいは純真だったのか。それからの数日間、トマスは悶々(もんもん)とした日々を送ったことでしょう。しかし、この種の苦悶(く もん)は決してマイナスではありません。主イエスの復活を信じるためには、聖書の証言が生きた神のことばとして、私たちの心の中に鮮やかに描かれる必要があるのです。

8日目に主イエスは弟子たちと一緒にいたトマスに現れて、「わたしの手を見なさい。わたしのわきに手を差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」と諭されました(27節)。その時トマスは、はっきりと主の復活を確信したのです。

私自身は小学校5年生の教会キャンプで祈っていた時、主の十字架と両手を広げて迎えてくださる主を見ました。その時、自分の罪が走馬灯のように一瞬にして思い起こされ、悔い改めて祈りました。まさに、主の復活が映像のように明白でした。今日でも神は私たちが復活の主イエスに出会ってほしいと願っておられます。

イースターを迎えるこの月、全国の諸教会で、一人でも多くの人々が復活の主にお会いすることができるように祈りましょう。