月刊アッセンブリーNews 2014年3月号

私たちの生活を守って下さる神様

高木 由香 (松任キリスト教会)

4月から消費税が上がります。年度の変わり目で、卒業・入学・転勤・引っ越し・結婚など、何かと必要がある方もおられることでしょう。実際、経済的な事で悩んだことがない人はいないのではないでしょうか。私たちクリスチャンは神様だけを見上げて、霊的な事柄に心を向けたいと願っていますが、肉体を持ち、この世で生活している以上、日常生活を無視して生きる事はできません。

しかし、これらの日常生活ばかりに心奪われ、思い煩い心配しながら生きていくことを神様は望んでおられません。詩篇37篇には、神様が私たちの生活を守り導いて下さることが約束されています。25節では作者であるダビデが、「私が若かったときも、また年老いた今も、正しい者が見捨てられたり、その子孫が食べ物を請うのを見たことがない。」と語っています。

ダビデ自身の生涯を見ても、若かった頃にはサウル王に追われ,王位に就いた後は息子アブシャロムに追われ、部下を連れての逃亡生活を強いられましたが、どんな時にも主が彼の生活を守り、食事を整えて下さいました。

もしかしたら皆さんの中には、自分は到底ダビデとは比べようがないし、自分が「正しい者」かどうか分からないと言う方がいるかも知れません。新共同訳では「主に従う人」と訳されています。主を信じ、主に従うことを選んでいる私たちは、イエス様の十字架の血潮により、すでに義なる者、正しい者とされていますから、安心して神様の約束を自分のものとして受け取って良いのです。

私たちの周りには、不法すれすれの事や、ずる賢いやり方で人生をうまくやっている人がいるかも知れません。彼らの方が幸せそうで、健康で、経済的にも潤い、「正直者が馬鹿を見る」と言わんばかりに、正しく生きている人をみじめに思わせることがあるかも知れません。世の成功論や財テクの話を聞いているうちに、時間や体力やお金を神様のために使っている自分の信仰生活が愚かに思えてくるかも知れません。「しかし、時がたてば彼は消え失せ」(36節)るのです。彼らをうらやむ必要は全くありません。

私たちはひたすら主に信頼し、善いことを行い、置かれた場所で己の務めを果たし、忍耐強く主を待ち望みましょう。そうすれば、必ず主は私たちの人生を導いて下さり、倒れても起き上がる力を下さり、生活を守って下さいます。