月刊アッセンブリーNews 2015年3月号

必要なことは一つです

柿崎 光一 (横須賀キリスト教会)

私は神学校に入る前、保育園で事務の仕事をしていました。
3月は卒園式の準備と入園式の準備、新入園児を迎えるための名簿の整理、新しい教材の発注と様々な仕事によって忙しい毎日を過ごしていました。

新しい年度が始まって軌道に乗れば、何とか落ち着いて仕事ができるものの、この3月に限っては決して穏やかに仕事をする雰囲気ではなかったことを覚えています。

忙しいという漢字は「心」を「亡くす」とよく聞きますが本当にその通りで、忙しさが続くと最初に考えていた園児のためという目的を失って、ただ仕事をこなす事だけを考えてしまいました。

ルカの福音書10章にはマルタとマリヤの記事が記されています。その内容は、「ある時イエス様が二人の家を訪れ、姉のマルタは喜んで迎えて色々ともてなしの準備を始め、妹のマリヤはイエス様の足元に座って御言葉(みことば)に聞き入っていた」というものです。

この続きは皆さんがよく知っている通り、マルタはもてなしの忙しさで、ただイエス様のそばで話を聞いているだけのマリヤを責める気持ちが湧いてきます。そしてイエス様に対して「この状況をなんとも思わないのですか! 私を手伝うように妹に言ってください!」と言ってしまうのです。

そのマルタに対しイエス様は、「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」(ルカ10:41~42)と言われました。

この言葉の意味は、単純に、もてなしよりも御言葉を聞くことが重要だということではありません。マルタはマルタでイエス様を愛してもてなそうとした。またマリヤもマリヤでイエス様を愛して御言葉に聞き入っていた。しかしマルタは忙しさのために最初の目的である「主を愛する」ことを忘れてしまったのです。そしてイエス様は、どうしても必要な「主を愛する」ことを誰も取り上げてはいけないし、誰も失ってはならないと、マルタに教えられたのです。

私たちも毎日の信仰生活の中で、たとえ忙しい中にあったとしても、私たちの救い主イエス様が唯一必要だと言われた「主を愛する」心を亡くさないように、常に祈り、聖霊様に導かれて歩んでいきましょう!