月刊アッセンブリーNews 2017年2月号

いつも目の前に主を

中山 智恵子 (岩見沢神召キリスト教会)

「わたしは、いつも目の前に主を見ていた。主が私の右におられるので、わたしは決して動揺しない。」(使徒言行録2章25節)

この御言葉(みことば)は五旬祭の日にペトロが説教の中で詩編16篇(8〜11 節)から引用したものです。ペトロは、「ダビデがイエスについて語っていることであり、ダビデは預言者でもあったのでキリストの復活について前もって知っていた」と述べています。ダビデはサウル王に命を狙(ねら)われ、苦難の逃亡生活を余儀なくされました。敵に追われる中、幾度も危険な状況から救われました。敵との戦いに際し、度々主に託宣を求めて行動しました。ダビデが生涯を通じて数々の戦いに勝利を収めることがで きたのは、ただ主のみを信頼していつも目の前に主を見ていたゆるぎない信仰の姿勢「わたしは絶えず主に相対(あいたい)しています」(詩編16:8)にありました。

私事ですが、九州の福岡で生まれ育ち、信仰生活一年目で高校卒業と同時に幼稚園教諭の資格取得のために、兵庫県加古川で勤労学生として過ごしました。ただ主に信頼するしか術(すべ)のない私は、御言葉を支えに常に祈って歩まなければ平安でいられない状態でした。今、信仰生活44年を振り返って、その時の経験は、後の私にとって信仰生活を守って行くための訓練の時であり、恵みでもありました。

今日、私たちは目まぐるしく変化する時代に生きています。忙しい生活の中で多くの情報が入り、心に影響を及ぼします。信仰生活にも影響を受けることは避けられません。そのような中でどれほど主を意識して生活しているでしょう。「主はすぐ近くにおられます」(フィリピ4・5)私たちが意識するしないにかかわらず、主は私たちを見ておられます。尊い主イエスの血で贖(あがな)われたクリスチャンを愛し、心に留めておられます。しかし私たちの心が世の中の事柄で占められ、主に関心を示さないでいるとしたならどれほど主は悲しまれるでしょう。

「時をよく用いなさい。今は悪い時代なのです。だから、無分別な者とならず、主の御心(みこころ)が何であるかを悟りなさい」(エフェソ5・16、17)主の御心は聖書のみことばに表されています。「今は悪い時代」だからこそ、主をいつも見て行く必要を感じます。目の前に主を見て相対し、ダビデのように主との親密な交わりを保ち、どんな状況にあっても動揺しない、揺るがない信仰生活を送る者とならせていただこうではありませんか。(引用聖書は新共同訳)