月刊アッセンブリーNews 2017年7月号

生活のよりどころ

能城 一郎 (西東京キリスト教会)

「兄弟たち、わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなたがたが受け入れ、生活のよりどころとしている福音にほかなりません。」 Iコリント15:1

2017年もいよいよ後半に突入しました。読者の皆さんお元気ですか?

生活に疲れ、自分のたましいの羊飼いを見失っているクリスチャンの様子に、パウロは気づきました。きっと、一人ひとりの顔を思い浮かべ、とりなしの祈りをしたことでしょう。

大切なものを見失っている人々に、パウロは「兄弟たち」と優しく語り始めます。そして、人々が聞いて受け入れ、日々の生活のよりどころとしていたはずの「福音」を「ここでもう一度知らせます」と続けています。さらに、「福音は生活のよりどころに」、なる、なるはず、いや、せよ、と自信に満ちて聖徒たちを励ましています。

「よりどころ」とは何でしょう。調べると、「こころの支えになる」「生きがいにする」「生きる気力とする」「励(はげ)みにする」「慰(なぐさ)めにする」……とあります。「より」は糸を「よる」に通じます。糸と糸がしっかりと縒(よ)り合わさっていなければ、一昔前に見かけた「下げジーンズ」のように、だらしのない有様になってしまいます。

日々の生活が、キリストの「十字架の苦難」「十字架のあがないの死」「よみがえり」に、しっかりと結びついていなければ、「たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも」その生活にはむなしさが伴うことでしょう。

宗教改革から500年の今年、私たちは、福音を生活に密着させ、改革者の語った5つの「のみ」、1.「聖書のみ」2.「信仰のみ」3.「恵みのみ」4.「キリストのみ」5.「神の栄光のみ」を、日々の生活の中で体現してまいりましょう。

最後に、「♪わたしの生活は御手(みて)によって 日々導かれる♪」という美しく記憶に残る賛美の歌を紹介します。

 ♪冷たい罪の道を さ迷っていた時
♪主イエスは愛の御手で 私を救われた
♪主の愛は私を慰め 日々喜びに満たす
♪わたしの生活は御手によって 日々導かれる
♪やがては御国(みくに)の家に住み すばらしい恵みに与(あず)かるだろう
♪私の生活は御手によって 日々導かれる
(聖歌総合版 385『つめたい罪の道を』 訳詞:KW)
(原作者:John W. Peterson, 1921-2006 and Alfred B. Smith, 1916-2001)