「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。」
(ピリピ人への手紙2:3 聖書 新改訳 ©2003 新日本聖書刊行会)
「コンプライアンス」という言葉を聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。
「ルールを守ること」「法律違反をしないこと」「ハラスメントに気をつけること」……。確かに、どれも大切です。
最近は、以前なら「そんなことまで問題になるの?」と思うようなことまで、コンプライアンスの問題として取り上げられるようになりました。「昔はこれくらい普通だったのに」「窮屈だなあ」と感じることもあるかもしれません。
しかし聖書を読むと、コンプライアンスの根っこにある大切な考え方が、ずっと昔から語られていることに気づきます。
ピリピ人への手紙2章3節には、「へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい」とあります。
私たちはつい、「自分のほうが経験がある」「自分のほうがよく知っている」「自分は悪気がなかった」と考えます。ところが聖書は、「ちょっと待って。その人のほうが自分より優れていると思ってみたら?」と言うのです。
もちろん、これは何でも相手の言うとおりにしなさいという意味でも、自分を卑下することでもありません。「自分には見えていないものを、相手は見ているかもしれない」と考えることです。
コンプライアンスも、実はここから始まるのではないでしょうか。
「私はそんなつもりではなかった」と言う前に、「相手にはどう感じられただろう」と考える。「自分は正しい」と主張する前に、「相手の立場から見たらどうだろう」と考える。
そうすると、私たちの言葉や態度も少し変わってきます。
特に教会では、牧師も信徒も、奉仕者も役員も、それぞれ違う立場や経験を持っています。だからこそ、「自分が一番分かっている」と思った瞬間に、ちょっと危険信号です。
「もしかしたら、あの人から学ぶことがあるかもしれない」。
この一言を心の中に持っている人は強い人です。そして、そんな人がいる教会は、安心して互いに話せる教会になります。
コンプライアンスとは、規則を恐れて行動することだけではありません。
「この人も神様に愛されている大切な一人だ」と相手を尊重すること。
ピリピ2章3節は、現代の私たちにも新鮮な「コンプライアンスの心得」なのかもしれません。

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