三浦綾子の作品から学ぶ信仰(5)

『泥流地帯』

  ~苦難の中でこそ人生は豊かなのです

月刊アッセンブリーNews 第733号 2016/10/1発行より

 『三浦綾子の文学の根源は人間が人間として人間らしく生きられるようにという祈りである。しかしそれを阻(はば)むものが二つあると綾子は考えた。一つは罪でもう一つは苦難。苦難の時に人は、人生に与えられた良き物を奪われて打ちのめされ、生きる気力を失い、自分の人生と、世界と、神を否定してしまう。しかし、罪に対する解決も苦難を越える道もあるのだと、物語と人物たちを通して、示してゆくのが三浦綾子の心であり仕事だった。

 『泥流地帯』は大正末年に起きた十勝岳爆発と泥流の惨害を描いた小説である。現地上富良野を調べ歩き、涙を流して体験者の話を聴く一方で、綾子は夫 光世の少年時代をモデルにしながら、「ヨブ記」を下敷きに物語を構想し、苦難の意味を問うた。

 上富良野の開拓農家の兄弟 石村拓ーと耕作は、幼くして冬山造材の事故で父を喪(うしな)い、髪結いの修行に行った母と離れ、祖父母、姉妹と一緒に暮らしていた。兄の拓ーは、親の借金のために売られた福子への愛を胸に農民として成長し、弟の耕作は貧しさのために中学進学を諦(あきら)めて小学校の代用教員になる。大正十五年五月二十四日、十勝岳が爆発。泥流がすべてを押し流し祖父母や姉妹らの命も奪ったとき、なぜ正しい者にも苦難があるのか、まじめに生きても馬鹿くさいではないかと問う耕作に、拓ーは、「おれは馬鹿臭かったとは思わんぞ。もう一度生まれ変ったとしても、やっぱりまじめに生きるつもりだ」と答える。

「人生の一番の勉強は困難を乗り越えることだ」

という言葉に作品のテーマがある。苦難は人を成長させるのだ。拓ーは父の死以来 臆病な少年になったとあるが、泥流に呑(の)まれた祖父母らを助けようと飛び込む拓ーは逞(たくま)しく成長している。愛する福子が売られた日、言い難い怒りと悲しみの中で、拓ーは借金という泥流の力と自分の無力さを体験するが、いつか必ず福子を買い戻すのだと父が死んだ冬山造材で働き、金を貯めてゆく。ここに拓ーの苦難との闘いがあり、彼を成長させたものがある。苦難は苦難を正面から受け止めて闘おうとする者を成長させる。ローマ書5章には苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生み出すと書かれているが、これは苦難という大波が実は階段になっていて、真直ぐに立ち向かえば希望へと登って行くことを示しているのだ。

泥流の前、石村家が畑仕事をする場面がある。一人が土をならし、一人が豆を蒔き、一人が泥をかぶせてゆく。耕作はその時、豆を蒔けば豆が出、麦を蒔けば麦が出ること、去年枯れた草から新芽が吹き出すことを不思議に思う。ここには摂理への気づき、厳しい冬のなかで春が準備されていることへの信頼がある。苦難は新しい生のための条件なのだ。そして、泥をかぶせる作業が最後に必要なのだ。拓ーも、耕作も、福子も、節子もいのちと可能性を持った種だった。しかし泥=苦難をかぶせなければ、芽も根も出ないと農夫は知っている。だから、泥をかぶせながら、信じて期待して「出ておいで」と呼びかけ待っている。つまり、苦難は神様の栽培方法なのだ。だから三浦綾子は言った。「苦難の中でこそ人生は豊かなのです」。

《寄稿者》

森下辰衛 Tatsue Morishita

プロフィール
1962年岡山県生。元福岡女学院大学助教授。
全国三浦綾子読書会代表。 http://miura-ayako.com/
三浦綾子記念文学館特別研究員。