祈りのコラム (23)

「祈りの堆肥」

 北海道の酪農を語るとき「酪農に成功しようと思うならば、先ず何よりも土地を肥やさねばならぬ。土地を肥やすには堆肥を何年も何年も畑に入れることによって土質を改善するのである。安易でしかも速効のある化学肥料を用いるのは略奪農法である。」と言われる言葉がある。
 すぐに牛を養うのではなく、牛の食べる牧草を作ることから始める。それも、急がずにじっくりとていねいに、良い牧草をつくるのである。良い牧草を食べた牛からはおいしい牛乳が生まれる。

月刊アッセンブリーNEWS
1996年7月号掲載

月刊アッセンブリーNEWS 1989-1999に連載された「祈りのコラム」からいくつかピックアップして掲載。
あなたの祈りの生活に励ましを与える小品集です。

「祈りの堆肥」

 同様に、信仰の体質作りのためには、みことばと祈りによって、本当に根気強く養われなければならない。祈りが生活化されなければならない。

 「祈りは世界を変える。」とよく言われる。
 しかし、祈っても”変わらない”、飢餓や貧困は無くならない、紛争や戦争は果てしなく続いており多くの命が失われている、という人がいる。病のいやしのために祈ったけれども癒されない、問題も解決されない、祈ってみても結局同じだ、という人もいる。私たちの思いの中にも、祈ったけれども”すぐに答えがでない””変わらなかった”というつぶやきはないだろうか。それは、早く良い乳を出そうとすることなのではないだろうか。

 変わらなければならないのは、世界ではなく自分自身なのである。私たちは、毎日毎日の祈りの生活によって主に養われている。私たちのうちに聖霊が働かれると、御霊の実「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」が実り、御霊によって歩み生きるなら変えられていく。

 土地が堆肥を何回も入れられて肥えた土地になり、そこから生えた栄養いっぱいの牧草を食べた牛がおいしい牛乳を出す。そのように、私たちの日々の祈り、身近な生活の小さな祈り、そのような祈りの一歩一歩が、自分自身を変え、家庭を変え、教会を変え、そしてやがて世界を変えるほどの祈りのカとなるのである。

《執筆者》

吉田 敦

帯広キリスト伝道所