祈りのコラム (22)

「教会員の願いが
生かされる教会を
目指して」

 私が神に感謝していることのひとつは、「かつてより身ごもってきた願いがことごとく実現している」ことです。このようなことを経験しているものですから、おのずと教会でも教会員が祈りの内に身ごもった願いを大切にしています。
 ですから、教会員の願いが生かされる教会。これが現在、身ごもっている願いです。

月刊アッセンブリーNEWS
1994年7月号掲載

月刊アッセンブリーNEWS 1989-1999に連載された「祈りのコラム」からいくつかピックアップして掲載。
あなたの祈りの生活に励ましを与える小品集です。

「教会員の願いが生かされる教会を目指して」

 しかしそのことを実行するためには聖霊に対する信頼とキリストの忍耐が必要です。なぜなら一歩間違えれば教会として収拾がつかなくなってしまうからです。そうなれば「平和の神」(Iコリント14:33)が悲しまれることになります。このような危険性はあるものの、長い目で教会の宣教の伸展を考えるならば、一人ひとりが祈りの内に身ごもる願いを大切にし、その願いが育って行くよう励ますことが必要です。

 現在、堺の教会では癒しの業が次々に起きています。しかもかつてのように、特別な人が祈った時に癒されるというのではなくして、教会員が互いのために祈っている時に、癒されて行くのです。まさしくペテロが「なぜこの事を不思議に思うのか。また、わたしたちが自分の力や信心で、あの人を歩かせたかのように、なぜわたしたちを見つめているのか。…イエスの名が、それを信じる信仰のゆえに、…この人を、強くしたのであり、…完全にいやしたのである。」(使徒3章)と語ったことを現実に見ているようです。

 まもなく日本は高齢化社会になります。高齢者にとっての最大の関心事は健康です。教会に連なる一人ひとりが、特に高齢者がイエス様の救いをいただくと同時に、癒しの恵みにもあずかって健康が与えられるならば、教会にとっては宣教活動の強力な推進力になります。

 今や聖霊は教会員一人ひとりに豊かに注がれています。教会としてそのことを受け止め、ふところを深くして行くことが、日本のリバイバルにつながるものと信じます。

《執筆者》

玉川 吉昭

堺キリスト教会

(現在はベテルキリスト教会に転任)