祈りのコラム (41)

「祈りは環境作りから」

 二人の女の子が、馬に餌を食べさせていました。一人の女の子は、一本のわらの両端を両手で取り、恐れることなく上手にあげていました.もう一人の女の子は、片手でわらを取り、恐る恐る馬のロに近づけていました。上手に食べさせていた子は、乗馬クラブのインストラクターの娘であり、常日頃から馬に接し餌をあげていたのでした。年齢はわずか二歳です。

月刊アッセンブリーNEWS
1997年11月号掲載

月刊アッセンブリーNEWS 1989-1999に連載された「祈りのコラム」からいくつかピックアップして掲載。
あなたの祈りの生活に励ましを与える小品集です。

「祈りは環境作りから」

 私の娘は、一歳九カ月ですが、生活の場と集会場が一緒のため、ほとんどの集会に出席します。そのために、親や兄弟姉妹の祈っている姿や祈る言葉をまねして祈ります。ある時は、自分の言集で感謝の祈りをし、いやしの祈りは体に手を置き、イエス様の名によって祈ります。親が驚いてしまうほどよく観察し、また抵抗なく、祈ることが身についているのです。

 このニつの事柄を通じて、環境が自分を形作ることを知りました。
 
 イエス様も祈りの環境をもたれました。
「朝はやくまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。」(マルコ1:35)
 
 いつも祈りのために利用している祈りの場(オリーブ山のゲッセマネ)へ行かれた(ルカ22:38~)
 
 また、パウロも絶えず祈ることを奨励しています。
 
 忙しい生活環境に置かれている私たちは、許された状況の中で、意識的にに祈るという環境を作り、その状況に自らを置くことをしていかなければ、祈りなくして、一日が過ぎて行ってしまうことも多々あるのではないでしょうか。

 時間の制限の中で生きる私たちにとって、祈りながら行動するという修練も必要です。通勤の折、歩きながら、料理をしながら、食器を洗いながらというように、神と交わりたいという意識の中に、環境の制限を超えて、神との共有の空間が生まれるのではないでしょうか。また、神の前に十分な時間を取って、静まることはもっと大切なことと思いますが。

 自分なりの祈るという環境を作り、祈りの人にならせて頂き、神の素晴らしさを体験させて頂きましょう。

《執筆者》

篠塚 俊男

鹿児島神愛キリスト教会