祈りのコラム (65)

「アロンとフルの祈り」 

 私は、牧会者になってから、特に、アロンとフルの祈りの重要性を思わされ、体験しています。イスラエルとアマレクの戦いは、モーセの祈りにかかっていました。しかし、モーセの手が重くなったために、アロンとフルがモーセをささえ、共に祈りの手を挙げ続けました。イスラエルがアマレクと戦ったように、教会の働きは霊的戦いです。牧師一人だけで戦うことができません。アロンとフルの祈りが必要なのです。

 

月刊アッセンブリーNEWS
1999年 11月号掲載

月刊アッセンブリーNEWS 1989-1999に連載された「祈りのコラム」からいくつかピックアップして掲載。
あなたの祈りの生活に励ましを与える小品集です。

「アロンとフルの祈り」

 数年前、教会員のお子さんが、危篤状態になりましたが、奇跡的に助かりました(医者も驚いたほどです)。また命が助かっても障害が残ると言われたのですが、そのようなことにもならず、今はまったく元気です。このような体験を通し、教会の祈り(もちろん他教会の背後の祈りもありましたが)の力を思わされました。

 数か月前の話になりますが、私自身、とても霊的な戦いを覚えていました。肉体は元気なのですが、無気力になり、睡魔に襲われ、祈りと御言葉の奉仕に集中することができなくなってしまいました。その中で、三日間断食することを決心し、教会員の方々にも共に祈ってほしいと講壇から呼びかけました。すると、不思議なことに三日間とても元気なのです。肉体は断食して弱っているはずなのに、まったく疲れを感じないのです。この時、改めてアロンとフルの祈りの重要さを思わされました。

 私たちクリスチャンは、祭司です。神とこの世の人々の間に立って、祈り続け、とりなし続ける責任があります。教会のアロンとフルと共に、私自身もさらに祈りの手を挙げ続けていきたいと思います。

《執筆者》

丸山 綾子

(旧姓:円岡)

甲府基督教会