モーセの十戒に学ぶ (2)

2004年2月1日発行 通巻第581号

サンライズのぞみ教会 三上 友通  Tomomichi Mikami

 

 

 

 

 

《第一戒》

 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。

(出エジプト記20:3) 

はじめに

 前回、十戒の区分は教派によって少し違うことに触れましたが、「わたしは、(あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した)あなたの神、主である。」(出エジプト20:2)を第一戒としている団体もあります。私たちは3節を第一戒とします。それは、イスラエルの民をエジプトから連れ出し、解放してくださった方が十の戒めを下さったあなたの神、主であるからです。主は、イスラエルの民が律法(十戒)に基づいた生活をし、神を中心とした民族になるように願われました。そして、アブラハムの子孫、イエス・キリストを通して全人類の救いをもたらす神さまのご計画の一部でした。

神さまの前に誠実に生きる

 私たち人間は神さまと交わることができる人格を持った存在として造られました。私たちは、人との関係と同じように、神きまとの関係においても、誠実であることが求められているのではないでしょうか。「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」(マタイ6:24)とイエスさまが言われたとおり、器用に両方を愛することはなかなかできるものではありません。

排他的?

 神さまはどうして他の神々を認めない心の狭い方なのだろうと思う人もおられるかも知れませんが、これもみな神さまが私たちを愛していて下さるからなのです。
 確かに、「主以外の神々があってはならない」とありますから排他的な面があることは否めません。しかし、他の神々を攻撃したり、否定するための戒めではありません。これは、契約の民が自由に生きるために与えられたのです。
 イスラエルの民は、エジプトの偶像礼拝に戻る危険や、荒野での偶像礼拝、そして、カナンの地の偶像礼拝に陥る危険性をはらんでいました。

あなたにとっての神々

 「あなたには…」とありますように、あなたにとって、他の神々があってはいけないということです。では、あなたにとっての神々とはどのようなものでしょう。

 あなたが、心から崇め、仕えるものが神々なのです。真の神さまよりも愛し、仕えているものはないでしょうか。気がつかないうちに、自分の神々になっているものがあることに気がつかされます。「子どもが明日からテストがあるので日曜学校を休ませます。」とクリスチャンの親Aが日曜学校の担任の先生に言ったとします。Aにとって勉強や教育が神さまより大切であることを表していないでしょうか。受験に失敗したならば、敗北者なのでしょうか。神さま以外のものに捕らわれているならば、必ず失望するときが来るでしょう。
 私は近くの小川に子どもと一緒にザリガニをとりに行ったことがあります。釣り用の糸にするめの足をつけて、ザリガニがいそうなところにおろしてやります。そうすると、ザリガニが用心深くするめの方にやってきます。しばらくしてザリガニは、はさみでするめをはさみます。そうするとちょっとやそっとではするめをはなさないのです。かわいそうなザリガニは私に釣り上げられて、捕らえられてしまうのです。子どもはザリガニが取れて大喜びでしたが、家に持って帰ると間もなく死んでしまいました。
 私たちはいろいろなものに信頼をおきます。お金や地位、友人、教育等、頼りになりそうなものはたくさんあります。しかし、それらのものに捕らわれるとザリガニと同じことになりかねません。お金に頼っている人はお金が無くなると不安でたまりません。頼るものが多ければ多いほど不安になる要素が増えてきます。しかし、主なる神さまのみを頼りとするならばどうでしょう。

真の神さまのみを主とする幸い

 全世界を創造され支配しておられる主は、イスラエルの民をエジプトの奴隷の家から解放してくださったように、主のみに仕えるならば私たちをあらゆるものから自由にして下さるのです。主だけを神とし、主に仕えることはなんと幸いでしょう。