《福音》恵みのおとずれ 1992年12月号
大学教授とか文筆家ならともかく、一漁師が筆まめというのはあまり聞いたことがありません。細いペンをそっと持ち、精魂こめて何時間も机の前に座っているような習慣は、職業柄、漁師の身についているとは思えないのです。
太い櫓を握りしめ、広々とした海原で嵐と戦っている間にできた「まめ」が幾重もあるごつごつした手は、手紙を何通も書くにはなんとなく似合わないものです。
ゼベダイの子ヨハネは「私についてきなさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」と言われた主イエス・キリストの招きに素直に応じ、ペテロや自分の兄弟ヤコブと共に、大切な舟も、使い慣れた櫓も、そして網も何もかも全部捨てて、キリストの弟子になりました。といっても、あの掌に盛り上がっていた「まめ」だけは捨てる訳にはいかなかったでしょう。
彼はいつのまにか「筆まめ」になっていました。なんと他の福音書には記されていないような深い神学論を筋道たてて書き綴ったのです。それだけではありません。「愛の書」と呼ばれるヨハネ第一の手紙を含め、3通も勧告、奨励の書簡を誰かに送っているのです。さらにもう一つ、聖書の中でも最も難解と言われる黙示録も漁師ヨハネの作だと言うのです。しかもこのヨハネは「無学で、普通の人」であったと使徒の働きに記されているのも驚きです。
教会でよく引用されている聖句は「神は実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)だと言われています。この言葉もヨハネが書き残したものです。
ヨハネのように、主イエスを救い主と信じ、その方に素直に従っていくならば、最高の学問を修めた使徒パウロに引けを取ることなく、医師のルカとは肩を並べて筆を執ることができるような人物になる可能性があるのです。神様の救いと祝福は地位、財産、学歴、才能、家柄や職業とは無関係だということなのです。
これからしばらく、この無学だった漁師ヨハネの手紙から、人生の重大問題を紹介することにします。
文・渋沢清子