信徒のためのヘブル語講座 Vol.12

月刊アッセンブリーNews 第750号 2018/9/1発行より

「私の霊:ルーヒー」רוּחִי
「霊:ルーァッハ」רּוחַ

 

川口神召キリスト伝道所(埼玉県)
安田 眞 Makoto Yasuda

 すると彼は、私に答えてこう言った。「これは、ゼルバベルへの【主】のことばだ。『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の【主】は仰せられる。(ゼカ4・6)」 この御言葉は、アッセンブリーの信徒に浸みこんでいる御言葉ではないでしょうか。その中でも、「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と常に告白し、教団の入口にも、神学校の寮の入口にも掲げられています。

 ここに記されている「霊」という言葉は、ヘブル語では450 回以上使われています。その中には、「風、息」などと訳されているものがあります。ヨハネ福音書には、「風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。

 御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。(ヨハネ3・8)」と語られています。ヘブル語もギリシャ語も同じ意味を共有しています。ノアの箱舟に入ったものは、「いのちの息のあるすべての肉なるもの(創7・15)」でした。これらの言葉「霊、風、息」に共通するのは、「目に見えない」ということです。

 ゼカリヤ書4章において、ゼカリヤが見せられた幻について尋ねると、御使いは「これらが何か知らないのか」と聞き返します。「知りません」と応えたゼカリヤに、冒頭の御言葉が語られたのです。その後も、ゼカリヤは次々と質問をしています。ユダヤ的教育法がここに示されています。それは、質問をすることによって学ぶからです。質問をしない人は、すべて解っているか、何も解っていないか、どちらかだと言われます。イエスも弟子たちにしばしば質問を投げかけています。

 ニコデモという人は、パリサイ人であり、ユダヤ人の指導者でしたが、イエスのもとに来て、尋ねています。イエスの言葉を理解することが出来なかったニコデモは、何度も質問しています。そして、イエスを知り、「目に見えない唯一の神」を知ったのです。

 私たちも聖書を読む時に質問することです。求め続け、探し続け、叩き続け、祈り続ける時に、御言葉の真理を知ることが出来るからです。それは、聖霊なる神の働きだからです。