新・祈りのコラム (6)

『祈り続けてみることです』

新・祈りのコラム(6)

月刊アッセンブリーNEWS  2014年9月号

鹿児島神愛教会

篠塚俊男
Toshio Shinotsuka

祈り続けてみることです

 祈りのすばらしさは、神様であるイエス様を意識して祈れることです。イエス様を知らなければ、祈りは漠然としていたにも関わらず、救われた今は、イエス様の御名によって祈れるということです。

 祈りは形式に当てはめられるような枠組みはなく創造的であり、導かれるままの自然体が一番長続きします。クリスチャンはそれぞれ信仰歴も賜物も異なります。神様はその都度、その人にあった最善の方法を教え、示し、導かれます。またある時は私たちを成熟させるために祈りを意識させ、祈祷課題を与え、多くの時間を祈りに費やすように導かれることもあります。

 私の具体的な経験として、鹿児島で行われている超教派の朝祷会で、毎年1回説教と祈祷会の進行を担当させて頂き19年になりますが、気が付くと私の祈りは毎回同じ課題で祈っていました。「学校の先生たちが信仰に導かれ、創造論の立場で児童、生徒に教育を施すことができるように」と。

 神様は私の祈りを覚えておられ、18年目に小学校でPTA会長、中学校で父親の会の会長、公立高校では非常勤として働き、テニスサークルで週1回、鹿児島大学の構内で教授たちと交流を深めています。

 証し人として、小、中、高、大学に直接遣わされ、100名以上の先生方と接し、祝福のために祈らされています。継続的な祈りによってもたらされた祈りの結果でした。

 祈祷課題が記されているB5の2枚の紙には、教会、家族、自分、震災、マスコミ、教育、政治経済、リバイバル等が記され、導かれるままに祈り続けています。私たちの祈りは忘れられてはいません。示されるところから祈り始めてみませんか。