祈りのコラム (59)

「聴くことの大切さ」   

 西洋に「神さまが人間をお造りになる時に、口を一つ、耳を二つ作ったのは、話すことの二倍だけ聴くためである」ということわざがあります。
 
 このことわざの意味するところは明らかですが、何か現代社会の私たちに警告を含めて語られているように思われてなりません。
 

月刊アッセンブリーNEWS
1998年 7月号掲載

月刊アッセンブリーNEWS 1989-1999に連載された「祈りのコラム」からいくつかピックアップして掲載。
あなたの祈りの生活に励ましを与える小品集です。

「聴くことの大切さ」

 

 現代の私たちは情報化時代の真っ只中にいます。そしてその情報をいち早く得るための方法を私たちは模索しながら歩んでいます。その情報化時代という波に乗り、忙しさも加速しているのではないでしょうか。
 
 また、わたしたちの周りを情報が飛び交うだけでなく、人と人との関係も情報化の波と共に加速度的に複雑になってきています。私たち自らが、意図的に複雑化しているようにも思います…。その副産物として、痛ましい事件がたくさん起きていることは確かです。
 
 聖書には「耳のある者は聞きなさい」(マタイ11:15)とあります。また、神のみ声を「聞く」という箇所が何度となく出てきます。
 
 私たちは世の中の情報と忙しさ(行動)だけを追い求め、本来、私たちの内にある最もすばらしい情報源である神のみ声に耳を傾けるという大切なことを時として忘れてしまうことがあるのではないでしょうか。
 
 私たちが好んでも好まなくてもこの世の情報は入ってきます。しかし、神のみ声はそうではありません。

 「神様はどこにいるのですか。先生には神様が答えてくださいますが、私には答えてくださいません。こんなに祈ったのに…。」こう言うことを時々耳にします。
 
 その時、私は「神様にがむしゃらに祈り求めることは私たちクリスチャンにとってはとても大事なことですが、神様のみ声を静かに待つ、このことも祈りの大事なことでもあるのですよ」と答えます。
 
 求めたならば、次は聴かなければなりません。
 
 もう一度、私たちは忙しさから離れ、一人になって静まり、神のみ声を待ち望もうではないでしょうか。

 

《執筆者》

竹田 和則

小松キリスト伝道所