祈りのコラム (61)

「祈りしかなかった」   

 昨年、四国の超教派の研修会に導かれて出席いたしました。

 小さな地方伝道を委ねられた13名の牧師だけの研修会でした。 

 開会の挨拶の後、賛美が捧げられた時に、神様は不思議な情景を観せて下さいました。ロの字に座った諸先生方の顔面に二筋の溝が彫られてありました。涙の溝だと分かりました。その瞬間に胸が熱くなり、涙が溢れました。

 

月刊アッセンブリーNEWS
1999年 8月号掲載

月刊アッセンブリーNEWS 1989-1999に連載された「祈りのコラム」からいくつかピックアップして掲載。
あなたの祈りの生活に励ましを与える小品集です。

「祈りしかなかった」

 『涙の源を知りたもう方』がおられるのは幸いです。悲しみの涙の溝のみでなく、喜びの涙の溝もあるのです。祈った者のみが知る世界。
 
 祈りに関して多くの本を読みました。諸先輩の祈りに耳を傾けて真似てもみました。知識が増えても、サウルの鎧(よろい)を着たダビデのように、借り物は自分らしさを消します。結論は、祈りは祈りを栄養に増殖して成長するのだと思います。
 
 飽食の時代も終わり、『祈りのグルメ』も卒業して、地道な日々の祈りの座を確立する努力の日々です。聖書の中の多くの祈りを手本に実践しています。
 
 現在の教会に引っ越した十年前、エリコの城を陥落させた七日間の行軍と祈りを実行して、勝利を得ました。悲しみの日にヤベツの祈り。アマレク人との闘いのモーセの祈りとアロンとフルの支えの祈り。
 
 神の恵みによって信仰を頂いた時から、祈りの生活が始まりました。「祈りのノート」を付けて神の答えの確かさを確信した信仰の初期が今を支えています。
 
 信仰生活は祈りの生活でした。祈りしかなかった。そして、祈りがあったのです。祈りの楽しさと苦悩の連鎖の中での牧会です。
 
 水道の蛇口が壊れたかと思うほどに祈りの中で泣かせて頂きました。西洋タオルを絞って水滴が落ちる程の涙を流して祈った事があります。それでも目が腫れない不思議。
 
 祈りの時間がたっぷり与えられていることを感謝します。
 
 最近の目標は、神様に触れている祈りが出来る者となりたいと切に願っています。コーラム・デオ(神の御前で)を自然に呼吸できる祈り手にさせて頂きたいと願って祈っています。

《執筆者》

稲葉 隆子

小矢部キリスト教会