モーセの十戒に学ぶ (3)

2004年3月1日発行 通巻第582号

サンライズのぞみ教会 三上 友通  Tomomichi Mikami

 

 

 

 

 

《第二戒》

 「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。」
 (出エジブト記20:4) 

はじめに

 この第二戒を第一戒と一緒にする見方もあります。主以外に神々があってはならないことと、偶像を造ってはならないこと、そして、それらを拝んではならないという戒めは似ていますし、一つの戒めとして考えられないこともありませんが、わたしたちは第二戒として扱っています。

偶像を造るのはむなしい

 神の契約の民(キリストによって救われ、神の家族に加えられた私たちも含め)にとって、偶像を造ることは愚かなことです。

 預言者イザヤは偶像を木などで作ることがどんなにむなしいことなのか、皮肉たっぷりに語っています(イザヤ44:9-20)。私たちは、神さまを目で見ることができないので、つい見えるものに頼り、神としてしまうことがあります。時には、それがお金であったり、人であったりしますが、それらも偶像になりえるのです。お金や友人は大切ですが、頼りにしすぎて、失望した経験は無いでしょうか。それらを神のように信頼することはむなしいことです。

偶像を拝んではならない

 「あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神」(出エジプト20:4)とおっしゃる神さまは、私たちを愛してやまない方なのです。そのように愛してくださるかたに心から愛を持って仕え、礼拝を奉げることはごく自然なことではないでしょうか。しかし、私たちは、そのあたりまえのことをできないということがあるのです。預言者ホセアが契約の民と神さまとの関係を示されました。ホセア書を読むと、何かやりきれない思いがするのですが、私自身もホセアの妻とそう変わらないことを思わされます。

芸術や文化など

 彫刻など美術品や文化遺産をどのように考えるべきなのでしょうか。

 偶像を強く禁止しているイスラムの原理主義集団「タリバン」がバーミャンにある石仏群を破壊するという事件がありました[2001年の事件]。偶像を禁止する戒めがあるからとはいえ、文化遺産を破壊してしまうのはいかがなものでしょう。聖書中の、夜中に偶像を壊しに行ったギデオンのことを思い起します。神さまは私たちに、同じようなことをするよう願っておられるのでしょうか。
 日本にはアイドルになりたい少女が増えているようです。偶像のことを英語でアイドルと言いますが、人から賞賛を受けたいという思いや、神さま以上にアイドルに憧れる心があるならば少し心配です。

 偶像の問題は、物や人を私たちの心でどのように捉えるかにあるのではないでしょうか。

偶像は自分のために造る

 人が偶像を造る理由を考えてみると、自分の自由になる神が欲しいということが一つ上げられます。石や木などで作った偶像は口をきくことも無く、自分が聞きたくないことを言うこともありません。困ったときに助けてさえくれればそれで良いのです。また、自分のしたいことを助けてくれる神が欲しいのです。助けてもらえないときにはその神を捨てて他の神を探します。
 私たちは、実際に木や金属などで偶像を作ることはないかもしれません。しかし、心の中にこのような都合のよい偶像を造りがちなのです。神さまを知りながら、偶像を造ることがあるのです。自分を中心に考える罪の性質がそうさせるのではないでしょうか。
 主を知らない人が偶像を造ることも神さまは、お嫌いになります。しかし、その人や偶像に対して攻撃的な姿勢を持つことが望まれているわけではないでしょう。

 愛である神さまの願いは、私たちが最も素晴らしい人生を選ぶことです。その道しるべになるのが戒めです。
 偶像などに振り回されず、神さまを中心に考え、「わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」(出エジプト20:6)と言われる主に心から愛し仕えることこそ最も幸いなことなのです。