スッキリわかる教理の歴史ガイド⑩

学生と先生の対話でわかりやすい ♪

真の教会とは何か(教会論)

 -よくある質問-

学生

 今日、友だちから「キリスト教にはなぜカトリックとプロテスタントがあるの?」と質問されたんです。どう答えるといいですか?

先生

 よく聞く質問だね。では今回は教会についての教えを見てみよう。

2008年10月1日発行 通巻637号

執筆者 
野口 一郎(大津キリスト教会牧師)

ローマーカトリックの教会論

先生

 教理の歴史を見ると、教会は最初から大切なものと考えられていた。「教会を母として持たなけれぱ、神を父として持つことは出来ない。」(カルタゴのキプリアヌス 三世紀)ということばもある。そして、様々な異端と直面する中で、真の教会とは使徒たちの直接の後継者である司教によって治められる制度的なものであるという教理がまとまっていった。やがて中世を通じてローマの司教が教皇としてトップに立つローマ・カトリック教会が確立されたわけだ。

学生

 宗教改革者が戦ったのもこの教えなんですね。

ルターのジレンマと彼の教会論

先生

 そうだね。でも実際のところはそう単純ではないんだ。

 ルターの信仰義認の教えがアウグスティヌスの恵みの教理から影響を受けたことは話したね(本誌8月号参照)。アウグスティヌスはドナティスト論争で(6月号参照)、教会は聖徒と罪人が混ざっているところで、教会分裂は重大な罪であると教えていた。だから彼の教えを受け継いでいたルターも当初、新しい教会を作るつもりはなかった。

 ところが、1545年にローマ・カトリック教会が開いたトリエント公会議の後、宗教改革の流れはローマ教会から完全に離脱することになってしまった。

 ルターはいわゆる「万民祭司説」などを主張して、ローマ・カトリックの教皇と制度的教会を批判した。ところが、当時、再洗礼派など「宗教改革急進派」と後に呼ばれる人々は、真の教会とは天にあると主張し、地上の一切の教会制度を否定していた。彼らはドナティストと同じように教会は聖徒のみの集まりであるべきと考えていた。ルターは彼らにも同意しなかった。

学生

難しいですね。結局、ルターはどう考えたんですか?

先生

 ルターは、真の教会は神のことぱが正しく説教されるところにあると教えた。司教などの制度によって使徒たちとつながるのではなく、福音という使徒たちの教えが説教され、守られることこそが使徒たちとつながることだと強調した。だからローマ・カトリックから離脱しても自分たちが真の教会であると結論付けることができたわけだ。

カルヴァンの教会論

学生

カルヴァンは教会についてどう考えていたんですか。

先生

 カルヴァンは、真の教会のしるしとは、神のことばが正しく説教されることと聖礼典が正しく行なわれることだと定義した。これはルターも同じだ。

 カルヴァンは宗教改革第2世代なので、教会についての教えをより明確にまとめることができた。彼は選ばれた信徒によって構成される「目に見えない教会」と、実際に地上にあっても選ばれた者とそうでない者がいっしょにいる「見える教会」とを区別する考えをルター以上に主張したんだ。

その後の教会論は?

先生

 20世紀になってエキュメニカル運動(教会の一致を目指す運動)が起こり、1962年から65年に開かれたローマ・カトリックの第ニバチカン公会議が開かれた。「教会とは何か」ということが改めて問われていると言えるだろうね。

学生

昔も今も教会は重要なんですね。